海辺のホテルにて

海を見ようと

海辺のホテルに行った

7階の部屋から

窓を開けると

水平線の波の上に

お袋が座っている

目がうつろだな

お袋

どうしたの

お前

あの日約束したのに

来てくれなかったね

さみしかったよ

それで

私はね

遠い所へ行くことになったんだよ

お前

なんできてくれなかったんだよ

お袋を抱き寄せると

あの祭りの太鼓がきこえる

夜店に集まる人の声も

顔をのぞき込むと

瞳のなかに

古びた写真が一枚

置き去りで

よく見ると

お袋の生まれた

わらぶきの家の

軒先に

懐かしいおばあちゃんと

若いお袋と

お袋の姉さんと、

戦争から帰った兄さん

そして学生服の弟と

雪駄を履いた

若い

僕の会ったことのない

お祖父ちゃんらしい人

みんな笑って写っている

家へ帰るよ

私はね

家へ帰る

おまえ

あとはしっかり生きるんだよ

あのね

もう恨んじゃいないよ

世の中には

どうしようもないことも

あるもんだよ

おまえも

体を大事にしなよ

ゆっくり

きょうはゆっくり

寝るんだよ

せっかくホテル

とったんだろ

海に夕焼けが映って

朱に染ると

波も静まり

お袋もいない

今夜も関東一円は晴れだそうで

やがて夜空がまたたく頃

僕はもう

仕事とかニュースとか

世間など

どうでもよくて

早々とぐっすり眠り

明け方の垂れ下がっている月に

起こされた僕の掌に

見覚えのある新勝寺の

身体健全のお守りが

おいてあった

「海辺のホテルにて」への2件のフィードバック

  1.  
     
    ちょっと幻想風味がある、しみじみとした短編小説を読むような味わいのある作品でした。
    これは、お母様との “心の対話” をテーマにしたお話なんですね。
    そこから、スパンキーさんの温かい心情が伝わってきます。
    海辺のホテルって、やっぱり異世界の風が吹く場所なんでしょうかね。
    この現代のメルヘンは、やっぱり遠くで潮騒が静かに鳴っている 「海辺」 でなければ成立しないように思えます。
    いい感じの作品を堪能させていただきました。
     
     

  2. 町田さん)
    コメント、ありがとうございます。
    これって割とリアルでして、
    実際、お袋は日に日に弱っているし、かなり参っています。
    上のエピソードも、私の或る事情で施設に行けないことが
    ありまして、そこからお袋が急変しています。
    結構、私なりに後悔しています。
    が、良くなると信じて書きました。
    また、連絡致します。

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