Haru (春)

陽ざしの乱反射は細かな虫の羽が

絶え間なく動いているからだった

山あいの朝はまだ肌寒いが

ほうぼうを見て歩いていると

あちこちで木々の芽吹いているのが分かる

もう田んぼのあぜ道も見なくなって久しいが

その足元に咲く

レンゲやシロツメグサの春の華やかな記憶が

いまでは夢のような出来事のようになってしまった

花も蝶も蜂もそして何もかもが減って

あのむせるようないきものの充満した春は

もう何処にもないのだ

そういえば密集した森も笹やぶも

かつては濃密な自然の匂いを放っていたが

いまは整地が進み

綺麗な住宅が立ち並らび

僕たちは僕たちでそれは快適になったのだが

たとえばビル街を歩いていて

ふと立ち尽くしてしまうのは何故なのか

少なくとも僕と同世代以前は

鎮守の森に守られて育った

都会にもそれなりに雑木林はあったし

空き地も川も田んぼも蛙も…であった

道端のお地蔵さんは

僕の話相手ですらあったし

どこのお母さんも

間違いなく割烹着をつけていた

昭和は悲しい歴史の刻印である

と同時に

昭和はもう戻ることのできない郷愁である

そこにはもう蘇ることもない自然が息吹いていて

木訥とした人間の暮らしがあって…

だから

春はあけぼの

春はいのち

春は過ぎし日

今年もようやく

僕なりの春がきた

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