父は公務員としての職業を全うしたが
それより以前は軍人だった
本当は電気屋をやりたかったと話したことがあるが
叶わなかった
強制的に軍人となって満州へ渡り敗戦
シベリアでの捕虜生活は苦渋の毎日だったと
それより以前はとうぜん父はとても若かったし
将来の夢をいっぱい抱えた少年だったのだろう
父は海辺の村に育った
大きな旅館の息子だった
父の父は旅館の経営はやらず海運業を興した
とても静かないなかでの生活
父はいつも目の前の海で泳いでいたという
戦後2年が過ぎて
父は村でたったひとり生きて帰ってきた
村の人たちは父を冷ややかな目でみた
そして父はふるさとを後にした
しかし晩年になって
父はふるさとの話をよくするようになった
帰りたいともらしたことが幾度かあった
そうかと思えば
あのシベリアに帰りたいと言い出すこともあった
どうしてなぜと問うと
難しそうな表情で苦笑いを浮かべていた
きっと父は
もうなにがなんだかわからなくなっていたのだろう
自らの人生を阻まれた父の不条理を思うと
私はやはりそのよどんだ水底のような心情を察し
深く考え込んでしまうのだ
父は人生という流れの漂流者だった