無印良品的彼女の場合(マーケティングストーリー)

A子の休日は、最近では、とにかく歩くこと、

そしてその帰りは買い物と、

ほぼルートが決まっている。

いつものように河川敷きを小1時間歩いたA子は、

その足で、隣町にあるフェアトレード紅茶をいただける喫茶店「マル」で、

ゆっくりとした時間を過ごす。

店を出ると、マルの並びにある青空市場で、

地元の農家が卸す無農薬野菜を幾つか手にとり、

気に入ったものをセレクト、

今夜のメニューに思いを巡らす。

そして最後に立ち寄るのが、

最寄りの駅ビルに入っている無印良品だ。

女子大を出て4年、現在A子に彼氏はいない。

もとより結婚ももう今更面倒と思うようになり、

現在は自分磨きに精を出していると言った方が的確か。

無印では自然派化粧品を定期的に買う。

特にここのスキンケア類をA子は気に入っている。

冬になると、ディフューザーに入れるアロマオイル類も

ここへ買いにくる。

A子は、ことのほかライムの香りが好きで、

部屋にこの香りが満たされると、

いろいろ鬱屈した嫌な事を忘れることができる。

そういえば、ここのチキンカレーも、

A子のお気に入りだ。

マクロビオテックにはまり出してからは、

肉類を食べることもほぼなくなったが、

たまに良質の鶏肉を買い、

無印のチキンカレーに煮込んで食べるのが、

A子のたまの休日の夕飯でもある。

A子は以前、

男とは2度ほど付き合ったことがあるが、

付き合う度に、

なにかピンとこないことに気づく。

最初の彼は、高校時代の先輩。

その頃はちょっと崩れた感じに惹かれ、

デートではよくドンキへ連れて行ってくれた。

そういえば、先輩のクルマは、

古いクラウンをレストアした年代物。

改造他に数百万円はかかったというが、

A子にはどうもピンとこなかった。

先輩からその話を幾ら話を聞かされても、

そのクラウンの良さがA子には分からなかったのだ。

いい加減、ドンキにも飽きた頃、

A子は先輩に別れ話を持ち出した。

先輩は気のいい人だったが、

いつの間にか、

ピンとくるものが無くなっていたというべきか。

それが証拠に、

お互いの価値観が何から何まで違っていたのだ。

先輩はA子と結婚まで考えていたようだが、

A子はその要望を、申し訳ないと思いながらも絶つことにした。

大学を出ると、A子は都内の大手IT系企業に就職。

そこでニューヨーク・デザインに目覚めた。

その職場の上司だったディレクターが、

2番目の彼だった。

A子は彼のやさしさとアタマの良さに惹かれた。

彼とは、会社からの帰りなど、

よく都内のカフェやレストランに立ち寄り、

デートを重ねた。

彼のスマートさは社内でも有名で、

他の女子社員の憧れでもあったようだ。

或る日、彼とつまらないことから諍(いさか)いになり、

A子も久しぶりにいらいらしていたので、

いつもは口にしない口ぶりで彼に言い返した。

諍いの発端は下らない事だったが、

彼と言い争いをしているうちに、

彼の勝手な言い分を並べ立てる姿勢に、

A子は、このときはじめて辟易した。

そしてA子の論理に彼が行き詰まると、

いきなり訳の分からない事を口走って、

なんとレストランの中でどなり始めたのだ。

驚いたA子は、それから2週間後、

彼にメールで別れを告げた。

最初の先輩と付き合っていた頃、

A子は最初、

周りに合わせてギャル系の格好をしていたが、

次第に何かが違うと思い、

ワンピースを好んで着た覚えがある。

就職してからは、コンサバ系を好んだが、

彼と別れてから、

このファッションともおさらばした。

この頃からだ。

A子はブルージーンズに白いTシャツばかりで過ごした。

ユニクロもZARAも何度も足を運んだが、

どうも違うな、と感じていた。

なにかがピタッとこないのだ。

A子は焦るたび、

行きつけのジーンズショップで

名も無いメーカーのブルージーンズとTシャツを買い足した。

A子の部屋は7畳のフローリングのワンルームで、

或る日カーテンを換えたくなったA子は、

3駅先のニトリへ行ってみることにした。

ニトリのカーテンは品数も多く、

どれも一見よさげに思うのだが、

その質感、そしてデザインを検討するほどに、

なんだか訳の分からない違和感を覚えていた。

その日の帰りに駅前のビルをブラついていたA子は、

或るひとつの店に釘づけになった。

その店は以前から知ってはいたが、

A子は、店内で商品のひとつひとつを確かめ、

改めてその店の虜になった。

それが無印良品だったのだ。

寝具コーナーへ行くと、

生成りのベッドカバーは肌触りが良く、

タグで原材料を確かめると、

国産の麻とエジプト綿の比率が、

程よい構成比てであると、

A子は思った。

文房具もA子の趣味のひとつではあるが、

無印のノート類のあのシンプルなデザイン、

そしてその質感と生成り色に惹かれた。

A子は改めて店内をぐるっと見回す。

すると店内の至る所がキチンと整理され、

ギラついた色のものはひとつとして無く、

すべての商品が、

シックな生成り色を基調としていた。

そろそろ都内のIT企業を辞め、

地元の埼玉の田舎町に帰り、

フリーのデザイナーとして独り立ちしようと考えていたA子にとって、

デザインとは、いろいろな要素を足す作業ではなく、

削いで削いで、基本的に骨太であること、

そして簡潔でシンプルなデザインこそ、

人を感動させる…

こうしたデザイン感がこれからの主流と、

A子は考えていた。

生活も然り。

毎日の暮らしとは、賢く質素であること、

例えば、質の良い食材を料理し、

程々の量をいただく。

着るものはシンプルかつ機能性に富み、

永く使えるものにのみ価値をみいだしていた。

無印は、そんなA子の欲求を充分に満たす存在だった。

今日の休みも、A子は買い物の帰りに、

駅前の無印へと足を運ぶ。

なにも買うものがないのだが、

ついつい店内を覗いてしまうことが習慣になっている。

美人と誉れ高いA子は、

よくいろいろな所で声をかけられるが、

そういう男たちには一切口を開かない。

そういえば、いまの会社でも、

同僚の男と、

仕事の相手先の担当から交際を申し込まれているが、

A子はこれらに回答する気もなく、

さっさと退職の準備を進めている。

「もっと知的でギラギラしていない男って、

いないのかしら…」

最近のA子の呟きである。

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