船旅で、念願の沖縄へ到着したボクたちは、
2日目にひめゆりの塔へ出かけ、
島のおばあさんから、悲惨な戦争の話を聞かされた。
なのに、それは申し訳のないほどに、
聞けば聞くほど非日常的な気がした。
話はとても悲惨な出来事ばかりなのに、
どこか自分の体験や生活からかけ離れすぎていて、
どうしても身体に馴染んでこないのだ。
その驚くほどのリアリティーのなさが、
かえって後々の記憶として残った。
それは、後年になって自分なりに
いろいろなものごとを知り、触れるにつれ、
不思議なほど妙なリアリティーをもって、
我が身に迫ってきたのだから。
そんな予兆のかけらを、
ボクは後年、グアム島とトラック諸島のヤップ島で、
体験することとなる。
(ここまでは前号に掲載)
沖縄の旅から5.6年後だったろうか、
南の島好きのボクはパラオをめざしていた。
途中、グアムに行く手前で、
ボクの乗る727はサイパンへ降り立った。
機内にあったパンフレットをパラパラとやると、
バンザイクリフという場所が目に入った。
「バンザイクリフ?」
バンザイはあの万歳なのか?
実はボクの思考はそこまでだった。
その時分、ボクはあまりにも無学に過ぎた。
何も知らないことは、罪である。
戦争の末期、アメリカ軍に追い詰められた
日本軍及び島に住む民間人約1万人が、
アメリカ軍の投降に応じることなく
「バンザイ」と叫びながら
この島の崖から海に身を投げた。
あたりの海は赤く染まったという。
そこがバンザイクリフなのだ。
ボクは時間の都合で、
バンザイクリフへは行かなかった。
いや、そもそも興味がなかった。
戦争の歴史さえ、ボクは知らなかったのだ。
後、パラオでその話を知ったとき、
ボクの思考は、観光という目的を見失い、
しばらく混乱に陥ってしまった。
話を戻すと、
サイパンの次の目的地であるグアム島で、
その事件は起こった。
レンタカーを借りて島中を走り回ったとき、
ボクは道に迷ってしまい、適当な道を左折した。
すると大きなゲートに出くわした。
そこは米軍基地で、のんきなボクはクルマから降りて、
道を聞こうとゲートに近づいた。
と、ゲートの横から軍服に濃いサングラスをかけた
大柄の女性兵士がこちらに歩いてきた。
なんと、この兵士はボクに自動小銃を向けている。
何かがおかしいと思ったボクは、
無意識にホールド・アップをしていた。
女性兵士は全く笑っていないし、
とても厳しい表情をしている。
近づくに従い、
兵士は自動小銃を下げるどころか、
こちらにピタリと銃口の照準を定めたように思えた。
急に動悸がして、嫌な汗が噴き出した。
「すいません、道に迷ってしまって」
ボクが片言の英語で笑顔を絶やさずに話す。
すると
「クルマに戻ってバックしろ、さっさと消えろ!」
ヒステリーとも思える剣幕で、
この兵士はこちらに銃口を向けて、怒鳴っているのだ。
ボクはクルマに戻って、とにかく必死でクルマをUターンさせる。
バックミラーで確かめると、この兵士はボクが元の道に戻るまで、
ずっと銃口を向けていた。
一体、何ごとが起きたのか、
ボクはしばらくの間、
理解することができなかった。
なんとかホテルにたどり着くと、ボクはベッドに転がり込んで、
しばらくグッタリとしてしまった。
ようやく落ち着いてきたところで、
自体が徐々にみえてきた。
要するに、ボクやボク以外の誰でもいいけれど…
のんきで平和に暮らしていると思える、
そのすぐ隣で、
自体はボクたちの想像の域を超え、
生死にかかわるであろう、
いろいろな出来事が起きている、ということ。
世界のどこかで、緊張はずっと続いていたのだ。
ボクは自分の無知さに呆れ果てた。
―バカな日本人―
その代表のような人間が当時のボクだった。
戦争は実はいつもどこかで起きていた。
いつもどこかで起きようとしていた。
それは皮肉なことに、
いまも変わらないまま続いている。
ボクの繰り出す愚かな行為は、
その後も続いた。
(続く)