与論島を離れるさいごの日、
ボクと親友の丸山は、
サトウキビ畑のなかを歩いた。
唄にあるように、確かにサトウキビ畑は、
風に吹かれて「ざわわ」と言った。
サトウキビ畑の向こうから波の音が聞こえる。
背の高いサトウキビの葉を、
手で必死で払いながら歩き進むと、
突如として目にまぶしい
白い砂浜が広がった。
そこにはもちろん誰もいなかった。
いや、ずっと昔から誰もいなかった。
そう思えるような、
とても静かで時間さえも止まっている、
そんな白い小さな浜だった。
朽ちた廃船が、
白い砂に半分ほど埋まって、斜めに傾いている。
破れたボロボロの幌だけが、
海からの強風でバタバタと暴れている。
遠く珊瑚礁のリーフのあたりで、
白い波が踊っているようにみえた。
その波の砕ける音が、
遙か遠くから聞こえる。
サンゴのリーフの向こうは、
まるで別世界の海であるかのように、
深いブルーをたたえている。
空と海のそれぞれに意味ありげな、
ブルーの境界線が、
水平線としてスッときれいに引かれている。
そこをなぞるように、
まるで水面から少し浮いているように、
一隻の小さな漁船が、
ポンポンという音をたててボクらの視界に入り、
そしてゆっくりと消えていった。
この旅で最後の一本となってしまった、
貴重なタバコであるセブンスターを、
ポケットから取り出して一服することにした。
そして遠くを眺めながら、ぼぉーっとする。
こんな時間が存在している。
ボクの知らない空間は、
この地上にそれこそ無数に存在している…
ボクは、この旅に出かけた自分と丸山に、
とても感謝した。
そしてふと手についた白い砂を眺める。
そのうちの幾つかの白い砂が、
星の形をしていることを発見した。
(ああ、これがあの星砂だ!)
とっさにボクたちは、
空っぽでクシャクシャになってしまった
セブンスターのパッケージを再び元の形に戻し、
その白い星砂を必死で探してはより分け、
丁寧にパラパラとはたいて、
セブンスターの空き箱へ入れた。
そんな地道な作業を、
一体どのくらいやっていたのだろう。
時間の感覚は失せていた。
それはまるで、
偶然にも砂金をみつけてしまった旅人が
興奮をあえて抑えながら、用心深く息を止め、
そっと金を採っては集めるという行為に
似ていなくもなかった。
その星砂を、
ボクは横浜へ帰ったら、
一度は別れてしまった女性になんとかして渡そう…
そんなことを考えていた。
なぜなら、そのときのボクにとっての宝物が、
その星砂であり、その人だったからなのだ。
しかしその星砂は数年間にわたり、
ボクの机の引き出しに眠り続け、
日の目をみることはなかった。
その後、その女性とは一切会うこともなく、
ボクの人生の軌道修正は叶わなかった。
机のなかで眠っていた星砂も、
いつの間にか記憶もないまま、
どこかへ消えてしまった。
(続く)