キボウ

そのオトコは

腕の傷を隠して町から出て行った

妻に別離を言うことなく

友に挨拶をするでもなく

腕の傷は

自らの過去から現在に至る

朽ち果てた己を悔いる

自傷行為だったのだが…

当て処ない草原を歩く彼の上に

星が瞬いていた

月がまるでオトコを庇うように

クッキリと影を描く

皮のコートにくるまって

枯れ草の上に寝転がると

ひんやりとした感触が

背中を覆う

躰を丸めて

今夜はここで寝ようと

そして

何も思わないように

すべて見ないように

目をつむると

涙が溢れて

それが

草に沁み入る

そうして

月に照らされた涙がつぶやいた

「お前はな、

何も悪いことはしておらん。

悔いることなどなく働いたじゃないか。

運がなかっただけなんじゃ。

それだけのことじゃよ」

陽が昇る頃

オトコは傷の痛みで目覚めた

ふと見上げると

まわりを

妻と友が囲んでいる

オトコはハッとして

再びうつむいてしまった

そしてまた涙が溢れた

朝の光が

皆の影を長く伸ばす

陽を受けた涙の精が

「お前はもう大丈夫、

大丈夫じゃて」

と呟いた

「お腹が空いたでしょ」

妻がサンドイッチを手渡す

友が

「もし俺が死んだなら、

弔ってくれるのはお前しかいない。

だからさっさとお前がいなくなると、

俺が困るんだよ」

と笑って

オトコの帽子をめくり上げる

陽が高くなった

オトコはいままでのすべてを

ようやく受け入れることにした

町に戻ったそのオトコが

人生の成功といえるカケラを掴んだのは

それから15年の後だった

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