日付変更線 ( story1)

島の内海に向いた

急斜面に立つコテージの一室で

僕は冷えたジントニックを飲み干す

冷房が程よく効いた部屋

マングローブの繊維で編み込んだという

ベッドの脇の敷物に寝ころんで

かったるそうに回っている

天井のファンを眺める

昨日チェックインしたとき

フロントの金髪の女性から

電話は使えませんと聞いていた

なんでも頼りの海底ケーブルが

切れたという

聞けば、深海鮫が、

餌と間違えてケーブルを囓ったとのこと。

この先一週間はどの国との連絡も

やりとりもできない

「まあ、好都合だよ」

ホテルの裏に転がっていたHONDAのトレールバイクを借り

僕は、首都コロールへと向かう

とってつけたような「スピード出すな」の標識を無視して

砂利の山道をかっ飛ばす

バベルダオブ島と首都コロールを結ぶ橋を渡ると

少しづつ掘っ立て小屋のような人家がみえる

舗装路に入るとHONDAを一気に加速させ

島で唯一のスーパーにたどり着く

強い日差しはもうだいぶ傾いていた

インスタントラーメンの他

缶詰や簡単な日本食をカゴに放り込み

ジンを2本とコロナビールをケースごとレジへ運ぶ

景気の良さような日本人と見て

レジの女の子が意味深な笑顔で28ドルと

言い放った

「ありがとう」

カートを押してドアを開ける

日差しは弱まってはいるが

ここは南洋だ

HONDAの荷台に慎重に荷物を括り付ける

脇の木陰で犬が腹を上に向けて寝ている

その向こうにも若い男が寝そべっている

南の島では寝そべることは

とても大事な行為だということが

最近になって分かってきた

必死で働いて生き甲斐を得るという価値観は

ここではあり得ない考え方なのだ

みんな自然の摂理に従っている

吹き出す汗を拭くまでもない

キック一発でHONDAは始動し

島の一本道を疾走すると

風が汗を乾燥させ

遠いリーフの白い波しぶきが見えれば

もうここの住人と同じように

振る舞えるような気がした

コロール島とバベルダオブ島は近代的な橋で結ばれ

ここを通り過ぎる頃は家々の明かりがつき始める

バベルダオブのジャングルの中の砂利道に再び入る

辺りはほぼ暗闇だ

唯一偶に設置された電灯と空の月明かりを頼りに

慎重に砂利道を飛ばす

が、南洋神社を過ぎた頃から

アクセルのスロットルとエンジンの回転音に

嫌な感じの誤差が生じ始め

もう少しで下りというところで

エンジンは止まり

いくらキックしたところで

エンジンは回らない

汗が再び噴き出す

今度の汗は冷や汗かもしれないな

と自分に聞いてみたものの

ここではそんな思考はエネルギーの無駄だ

いい加減に疲れ果て

道ばたに座り込んでたばこを咥える

気がつくと回りはしんと静まりかえっている

荷台から水のペットボトルを取り出し

一気に飲み干す

煙でもずっと眺めていよう

日本との時差は一時間だが

ここは南半球だ

日付変更線を越え

南回帰線の近くの小さな島で

空を眺めるのも悪くはない

そう思うことにした

見上げた空は

ちょっと言葉では言い尽くせない

迫力があった

「輝く星座」という歌があるが

僕はあのメロディーとリズムを聴くと

カラダの隅々が

空の彼方に吸い込まれるよな感覚に陥る

その夢のような心地が

いまはリアルに感じられる

僕はそのとき生まれて初めて

煌めく南十字星を見た

(つづく)



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