前号までのあらすじ
(南の島で、僕のHONDAのバイクが
山の中でトラブルを起こし
エンジンストップ!
ホテルまではもう少しなのだが
辺りはみるみる暗くなってくる始末
あきらめかけた僕は仕方なく
星空を眺めるハメに…)
ジャングルから遠吠えのようなものが
聞こえてくる
近くの木がガサッと揺れる
やはりのんびりとはしていられないのだ
再びバイクにまたがりキックを開始する
ひとつひとつのキックに祈りを込め
それは30回程も続いただろうか?
と、突然クルマのライトが近づいてきて
僕の横に止まった
今日初めての対向車だ
ダットサンのピックアップトラック
運転席から、若い白人の女が顔を出す
「どうしたの?」
「トラブルさ」
「動かないの?」
「そのとおり」
女はその高い鼻に指をもってゆくと
目を上に向けて何かを口走っていた
月明かりにその横顔が浮かぶと
かなりの美人だった
「OK、どこまでなの?」
「この先はホテルしかないと思う」
「そうだったわね」
と言って、ため息をつく
「じゃあ…」と言って
女はひとつだけ条件を出した
それはホテルの300㍍手前でバイクも僕も降ろす
という条件だった
「OK! それより空が綺麗だ
一緒に眺めないか?」
「あのね、私はいま急いでいるの!」
「分かった分かった」
荷台の板を引きずり降ろし
バイクを力いっぱい押す
荷台の上で
女がHONDAのステーを掴んで
引っ張り上げる
やはり白人の女は力がある
と思った
僕がHONDAを押し上げると
「もっともっとパワーを使え」
とほざいている
程なくして、ふたりは
滝のような汗まみれになる
ようやく荷台に収まる頃には
なんだが目と目の合図に
違和感もなくなっている
「ありがとう!」
「いいのよ、じゃあ行くわ」
「ちょっと待って」
「なに?」
「感謝の印に、僕に何か奢らせてくれないか?」
僕は髪をかき上げているこの女に
スーパーで仕入れたミネラルウォーターを
渡す
「いやいいわ」
「どうして?」
「当たり前でしょ?
こういうときは誰でも助けるでしょ
それがルールなの
それ以外何もないわ」
こっちを向いた顔が
デビュー当時のジョディー・フォスターに
似ている
「分かっているよ
しかし僕は君に感謝している
ここで朝までいるのはホント
辛いからね
それを救ってくれたのは君なんだ
僕は君に感謝してなにがいけないのかい?」
「確かにあなたの言うとおりだわ」
女は、いや彼女は
ミネラルウォーターを口にやりながら
少し笑顔になった
「OK! じゃあ明日、コロールのカープレストランでどう?」
「いいわ」
「ところであなた、どこから?」
「東京からだよ」
「やはりね」
「なんで分かるの?」
「なんでって、東京で疲れた男は
みんなこの島へ来るのよ」
「そうか、僕もその一人という訳だね」
「そういうこと」
「で、あなたは?いや名前はなんて言ったっけ」
「ジェニファーよ」
「ジェニファーは何故この島にいる?」
「なんでそんなこと聞くの?」
「僕は自然な質問を君にしていると思うよ」
「…」
ダットサントラックのなかで、
彼女はニューヨーク出身で、いまは
彼氏とこの島に来ていることを
教えてくれた
しかもかったるそうに
ホテルの手前と言ったって
真っ暗だ
ふたりでHONDAを下ろすと
彼女は再びトラックに乗り込んで
そっとホテルの入り口に消えた
僕はHONDAを引っ張りながら
ジェニファーの訳ありな言葉の
ひとつひとつを反芻した
(つづく)