新会社、妄想中

 

新しい会社の名前を妄想中である。

別会社だけど、たいそうなことではない。

個人事業でも構わないと考えている。

その場合は屋号というのかな。

 

当初、エジソン・ライトハウスとしたが、

これはすでに存在していたので、却下。

次にレッド・ツェッペリンというのが閃いた。

しかし、ご存じのようにあのツェッペリン号は、

空中で大爆発しているので、なんか縁起が悪い。

そもそもレッド・ツェッペリンとは、

失敗の意味でも使われていたと言う。

で、これも却下。

 

現在最も有力なのが、

バニラファッジという名前である。

バニラファッジは、イギリスの国民的お菓子である。

名前のとおり、甘い食いものである。

 

で、これらの候補は、

気づいた方もいると思うけれど、

いずれも60~70年代に活躍した

世界的ロックグループの名ばかり。

 

バニラファッジのヒット曲、

「キープ・ミー・ハンギング・オン」は、

当時少年だった私には、凄いインパクトだった。

レッドツェッペリンの「天国への階段」も、

エジソンライトハウスの「恋の炎」も相当良かった。

いまもって忘れられない音楽だし、

これらをネーミングにするのは悪くないと考えた。

 

さらには「ホワイトルーム」のCREAMも候補にしたが、

次第に混乱してきて、結局はやめた。

 

で、この新しい会社というか

新組織はなぜ必要か、なのだが、

凄い稼いでやろうとか、

そういうのでは全然ない。

 

むしろ、やることを減らす、

嫌なことはやらないなど、

結構うしろ向き。

 

唯一、好きなことしかやらないとする一点において、

妥協のないよう検討している。

 

仕事としては、取扱品目を極端に絞り、

ライティングのみに集中すること。

ライティングが入り口の仕事であれば、

その後も前も引き受けます、

というスタンスにしたい。

 

なぜなら、ライティングから入る案件は、

それなりにテキスト重視であり、

それを核として組み上げるからこそ、

他とは違ったものが制作できる。

 

重要なのは、広告に文字は不要、

または重要ではないと考える

企業などがあるので

そこを切り離したいと思った。

 

ひと口にライティングといっても

広範な守備が必要となるが、

そこは私的な仲間やネットワークに

多彩な才能が眠っているので、

取扱品目を減らす代わりに、

多彩な案件を受け入れたい。

 

また、ネット上のライターたちとの違いを、

価格と品質においてもバッティングしないよう整備し、

一線を引きたいとも考えている。

 

私たちの仕事は、

クライアントに寄り添って仕事をしている。

これは、ある意味、とてもやりがいのあること。

しかし、なかには意にそぐわない案件もある。

意にそぐわないとは、

広範にわたるからひとことでは言えないが。

 

嫌なことはやらないとする方針は、

新しい組織にとって欠かせない事項である。

さらに、好きなことしかやらないというわがままも、

この際必要不可欠となってきた。

 

あるときから、好きなことしかやらないが、

嫌なことはやらないという心境より優勢となり、

これが基本方針に変わった。

 

好きなことしかやらないとは生意気な、

と言われそうだが、

そして、そんな仕事が成り立つのかとの

疑問も起きるが、

そこは、試しである。

 

実験である。

 

とにかく、好きなことだけやって、

生きていけるか?

この賭けはいまのところ読めない。

こういう場合、果たしてAIは、

この問いにどんな回答をだすのだろう?

 

この世界には、魑魅魍魎が跋扈している。

しかし、勘としての勝算はある。

 

まあ、少しでも仕事が動けば、

生きる自信に繋がるような気がする。

 

17才

 

ついに部活やめてしまった

 

つまらないというより

くだらないと勝手にきめて

誰と喧嘩したわけじゃないけれど

もう自分のなかのなにかが燃え尽きてしまった

 

ハーブ・アルパートみたいなトランぺッターにあこがれて

本気でトランペットを勉強して

おとなになったらプロになろう

そう思ったこともあったのにな

 

自分の吹くトランペットが

飛び抜けているなんて思ったことは一度もないし

現実はやっと演奏についてゆける程度だった

楽譜だってたいして読めないし

 

だけどプロになろうなんて考えていた

 

同じ部活の先輩に

自分の気持ちを話したことがある

そしたら笑っていた

とてもやさしい顔で

 

先輩は学外にも知れたトランペットの名手で

この人こそプロの道へ進むのかと思っていた

 

彼がさとすようにこう言った

「○○君さ、気持ちはわかる

でも世の中にはもっともっと上がいるんだ

だから僕はね

ここを卒業したら大学で経済を勉強する

でね割と大きな東京の会社で働くんだ

トランペットはね趣味。

趣味にすればいい訳さ」

 

そのとき思った

世の中ってよくわからないけど、

きっとこの先なにをやっても

世の中という壁が

僕の前に大きく立ちはだかるんだろうなぁ

ということが

 

部活は夏休みの前にやめた

 

真夏の商店街の午後は

アスファルトの道が

日差しをまともにうけて

ハレーションを起こしていた

遠くから歩いてくる人がすれ違うまで

ずっとその輪郭が揺れていた

 

パチンコ屋のガラス扉を開けると

興奮した金属音と

それをあおるような軍艦マーチの音楽が

刺すように耳に飛び込んでくる

 

妙なだるさが少しだけ回復したような錯覚に陥る

冷えて濁った空気にとても救われたような気がした

 

100円玉の分だけ球を手に受け

まわりをきょろきょろとして

よさげな台を探す

そしてたばこをくわえて時間をつぶした

 

玉の出る台なんてわからない

ただみんなそうやっていたから

 

ショートホープにハイライトに峰にセブンスター

なんでもいいからただの煙でもいいから

自分というものを煙でいぶす行為は

なぜかとても新鮮で救われた

 

球がでればラーメンが食える

でなければ近くのボーリング場に行く

 

部活をやめてからなにも考えなくなった。

 

結局冷えたボーリング場の椅子で

毎日ぐたっとしていた

 

ピンの倒れる音が頭に響く

自動販売機のペプシコーラを買って

それをまずゴクッと飲む

体中が冷えて少しまともになったような気がする

 

ジュークボックスにコインを入れて

マッシュマッカーンを聴く

金なんてたいしてないのに

毎日毎日マッシュ・マッカーンを聴いていた

 

妙な高温のエレクトーンのイントロが頭に響く

それがボーリングのピンのはねる音と混じって

頭にどーんとくる

その毎日の午後の儀式で

ようやく落ち着くようになっていた

 

そして冷えたプラスチックの椅子で

まるくなって毎日寝ていた

 

BVDのTシャツの首まわりが

夕方には薄黒くよれて

そうするととても身体がだるくて熱をもつ

ああこんな時間がこれからずっと続くんだ

それが悪魔なのか誰なのかはよく分からないが

僕の耳元でこうつぶやいていた

 

「お前は永遠になにもしない

できないという罪人として

この先何があっても希望とか

そういう類のものを禁止する

お前にはなにも渡さんぞ

そしてずっとそうしていろ

決して死なせやしないからな」

 

僕の呼吸は浅くなってしまって

身体が苦しくて

胸のあたりが締め付けられた

そして毎日同じように頭痛がはじまった

目ももうろうとしてきて

視界も狭くなっていた

 

ひどく苦しい毎日が続いて

これから先のことなど

到底考えられなかった

 

そもそも自分の存在にも嫌気がさしている頃だった

 

ただ暑い夏

僕という誰も知らない高校生が

はえずっていた夏

 

その夏は

僕が初めて経験する世界を形成していた

 

その夏はもうとても遠い世界で

いまではその記憶さえ断片でしかない

 

しかし確かなことは

その世界に突然として

ひとりの少女が現れたことだった

この記憶は確かなことだ

 

だから

あの夏から抜け出し

いくつもの夏を超えて

いまこの世界に立っている

 

とでも言ったら

とてもキザでおおげさで

そうして

できすぎた話になってしまう

 

 

 

 

 

夕陽のうた

 

イラストレーターの鈴木英人さんは、

影というものを主役に据え、

大胆な影の描写で夏の日差しの強さを強調し、

そのコントラストの美しさをあらわした。

 

オールドカーが木陰に停車しているイラストなど、

ぐっときます。

 

 

この人の作品は、どれも真夏の昼下がり、

といったものが多い。

 

実は朝なのかも知れないが、

その陰影を観るにつけ、真夏の昼下がり、

と私が勝手に思い込んでいるのかも。

 

まだ世の中がカセットテープ全盛だったころ、

よく英人さんのイラストを切り抜いて

カセットケースに貼り付けていた。

 

中身は、主に山下達郎だったような。

 

 

さらに時代を遡って、

私がちいさい頃に好きだった影絵は、

どれも藤代清治さんの作品だった。

 

 

だいたい夕暮れから夜の世界が多い。

 

笛を吹いている少年のシルエットが心に残った。

作品はどれも上質のステンドグラスにも負けない、

神秘性と物語を内包している。

 

昨年、藤代さんの画集を買って、

時間ができるとぺらぺらと開いている。

もう90歳をとうに過ぎておられると思うが、

この方の作品は常にファンタジー性に溢れていて、

その世界が衰えることはない。

 

 

好きなことに没頭する美学がそこにある。

 

ここは、学びが多いと、自分に言い聞かせている。

 

 

近頃は夜景の写真が人気を集めている。

湾岸に立ち並ぶ工場群も、

ライトに照らされた夜の姿は、

妙な魅力を放っている。

 

 

私は京浜工業地帯で生まれ育ったので、

工場の立ち並ぶ姿にうんざりしていて、

一時は、こうした写真を引き気味にみていたが、

最近はそうした幼い頃のトラウマ?もなくなり、

しっかり鑑賞できるようになった。

 

 

さて、自然の織り成す陰影といえば、

夕暮れ時のマジックアワーである。

 

 

 

夕陽は、ときに緊張した人の心を緩ませる力を

秘めているようだ。

 

私が夕陽の魅力を初めて知ったのは、

小学校の入りたての頃だった。

近所の子と砂場で夢中になって遊んでいて、

さあ帰ろうと思って立ち上がり、

空を見上げたときだった。

 

いままさに沈もうとする太陽がオレンジ色に光って、

手前の丘は大きな黒い影となり、

その丘のふちだけが燃えるように輝いていた。

 

いずれ、光と影の織り成す風景って、

人の琴線のようなものを刺激するのだろう。

 

映画「夕陽のガンマン」、「三丁目の夕日」

 

拓郎の「歌ってよ、夕陽の歌を」

石原裕次郎のヒット曲「夕陽の丘」

 

夕陽は歌になる。

絵になる。ドラマになる。

 

どこか影のある女性…

夕暮れの冬の木立

そんなものばかり追いかけても、

深みにはまるだけ。

ただただ、陽が暮れるだけなのになぁ。

 

 

 

 

 

 

 

セレブの考察

 

トランプ大統領は、言わずと知れた富豪である。
ZOZOの前澤さんもいまや富豪である。

マイクロソフトのビル・ゲイツ、
ユニクロの柳井さんに至っては大富豪である。

アラブの石油王とかは、金余りである。

では、富豪、大富豪でなく、

セレブと聞いてイメージするのは誰かというと、
ちょっとイメージは変化する。

思い浮かぶのは、アメリカではパリス・ヒルトンとか、
韓国のペ・ヨンジュンとか、フランスのジャン・アレジとか、
で、日本では叶姉妹とかデビ夫人とかだろうか?

セレブレティの語源は、ラテン語なんだそうだ。

意味は、ずばり有名人。

欧米では、有名人のことをセレブと呼ぶそうな。

 

こうなると、貧乏な人でも有名人ならセレブなのである。

日本においての意味合いは少し変化する。

日本のセレブは、 ホントは金持ちかどうか分からないが、
そのような雰囲気を確実に醸しだしている。
で、なによりゴージャスさが前面に出ている、というところか。

ゴージャス?

うん、

確かにセレブという言葉からは、

そんなオーラが発せられている。

成金とは違う訳。
成金は、働き者+ぎらぎら感が漂う。

その点、セレブはきらきらしているのである。

女優の泉ピン子は、全身をシャネルで決めているが、
そのいでたちは、セレブとは程とおい。

そこが訳もなく辛い。

 

さて、正真正銘?のセレブは、

モナコやニースなどで優雅に暮らしていそう。
日本では、鎌倉の披露山とか神戸の芦屋あたりに、生息していそう。

根拠などないが、雰囲気で書いている。

 

ちなみに、セレブってるという言葉があるが、

これはたいした収入もないのに、
高級レストランなどのランチへでかけたりして、

その気分を低料金で味わい、
抜け目なくインスタに上げるとか、
質屋とかで手に入れたバーキンを何気にみせるとか、

結構涙ぐましいらしいのである。

かようにセレブとして世間に認められるには、

大変なんだなぁ。

 

セレブの意味合いがいまひとつ安定しない。

しようがないと思う。

もともと、ふわふわした言葉なんだから。

 

なのに、そこをあいまいにしたまま、

このセレブの話は、さらに難しい領域に突入する。

意識高い系セレブとはどういう人たちか、

というのを検討してみた。
これには、かなりいろいろと気難しい事、

ものが付随しているように思うのだ。

たとえば、である。

1.セレブは1年に2回、セドナでヨガをやってくる。
これは、心身ともに解放された己をめざすセレブなのである。

2.青山、湘南で犬を連れて歩いている。
セレブは一等地に住んでいる証拠を何気にみせるのである。

3.生活がオーガニックに侵されている。
高ければいいという訳じゃなく、己の食うもの・

着るものは素材から吟味するのがセレブなのだ。

4.鎌倉に実家がある。
これはどうでもいいんですが、

ちょっとそんなイメージが出てまいりまして。

5.世田谷は蚊が多いと代官山へ引っ越した 。
これは私が以前住んでいたマンションにいらした方の実話です 。

6.先祖は公家であると言ってはばからない。

かなりあやしい話をされるセレブがいるようで。

7.世俗ごとより、太陽のフレア現象・宇宙嵐のみやたら敏感である。
こういう方が割と多いように思います。

8.デビ夫人のケータイ番号が入っている 。
これは私のジョーク!

9.広尾の明治屋でセレクトしたブルーチーズがいつも冷蔵庫に入っている
ここまでくるともうフツーですね 。

10.いきつけの蕎麦屋では、黙っていても、隠しメニューの国産十割蕎麦が出てくる。
もうこじつけです 汗!

11.飲み水は航空便でくるフランスのペリエしか飲まない。
ここまでくるともういい加減です。

さて、どうでしょうか?

皆さんのお近くにセレブさんは生息しておりますか?
言っておきますが、こうした方々は、はま寿司とか丸亀うどんとか
いきなりステーキとか幸楽には絶対にいませんから!

 

思えば、平成ってずっと不景気だったような気がする

 

 

最近では、平成も終わりを告げる、ということで、

あちこちで平成という時代の総括やら思い出を振り返る

番組をよくみかける。

 

夕飯の後なんぞ、寝そべってテレビをぼおーっと観ていると、

うーん、なつかしいなという反面、

平成って、結構辛い事が多かったなぁと、

深くため息をつくのだった。

 

平成の時代は、まずバブル後期から始まったように記憶している。

 

日本長期信用銀行に預けてあった50万円を渋谷店で下ろすと、

確か75万くらいになっていて、その金利の高さに歓喜した覚えがある。

しかし後、この銀行は潰れ、山一証券会社も潰れ、

世の中全体が、かなりどんよりしてきたのだ。

 

そこから、日本の不況は徐々に深刻さを増し、

それは伝染病のように社会全体に広がっていった。

 

私たちの業界も同様で、延々と続く不況に、

エッと驚くような酷い話はいくらでも耳に入ってきた。

あの大手が潰れたとか、知り合いの会社の倒産とか、

フリーランスへの未払い金などは優に及ばず、

離婚や自殺まで、枚挙に暇がなかった。

 

最も身近なのは、やはり広告の制作料金のデフレ化だろう。

 

まあ、広告の価格も案件に寄りけりだが、

こちらはわずかな利益の確保に追われる。

どこも経営が厳しいから致し方ないのだが、

業界の価格競争の激化とともに、

人的資源も枯渇して低レベル化が進み、

無駄な制作物が粗製乱造され、

結果、広告というものが大きな信用を失ったことだろうか。

 

現在でも、その余波は残っている。

 

平成はネットの時代に入った訳だが、そこでも同様の事柄は増え、

安かろ悪かろでもしょうがない、という事態が

ここかしこで起きている。

 

「コスパ」が流行ったのが平成の特徴だが、

それはいまも続いている。

 

いあらゆる事柄において、無駄は敵なのである。

如何に安くいいものをつくるか、

ここに心血を注がなければ生き残れない。

 

当然と言えば当然なのだが、

こと広告に関しては、コストはみえるものの、

パフォーマンスが見えづらいという欠点があった。

 

よって、広告も進化し、

結果を示すために、統計とか数字を示すようになった。

ここをしっかり説明しないと、コスパは語れない訳だ。

 

こうして、ただ高いだけ、安いだけの業者は淘汰されていく訳だが、

いまはその過渡期といっても過言ではないだろう。

 

でないと、広告は、出来の良い悪いが見えないのだ。

全くブラックな業界となってしまう恐れがある。

 

それは広告の危機を意味する。

 

よって結果をしっかりと出すことは、

いまやこの業界の鉄則なのかも知れない。

 

作り手の意識は変わる。

 

成功体験は、自信と自負と向上心を育てる。

そして、つまらない価格競争には乗らなくなる。

よって、広告のつくり手は、

あの湖に浮かぶ優雅な白鳥のように、

水面下では手足を常に動かし、

努力を惜しまず向上しなくてはならない。

それが現在の広告の作り手の、

極めてシビアな現状なのである。

 

ずっと以前、

いわゆる昭和における広告などはかなりアナログで、

ざっくりとしていた。

しかし、ヒットを飛ばす心意気は殺気だったものがあり、

それはいわば、正体の見えない宝物を追いかけるような、

摩訶不思議な冒険の世界だった。

 

現在のそれは、数字と統計にキッチリと表れる。

主観の及ばない正しい成績をはじき出してくれる。

ここは、確かなことなのだ。

 

しかし、実はここにも新たな問題がひそんでいた。

それはパラドクス的な話なのだけれど、

単に数字だけを追いかけると、

とてもつまらないものができあがる、という

なんとも皮肉なことが起きているという事実なのだ。

 

この新たな問題に真っ向から取り組んでいる

東京のクリエイティブの作り手を幾つか知っているが、

彼らは新たな開拓者として、そのうちにヒットを飛ばすだろう。

 

そのころ、平成という時代は幕を閉じている。

 

 

 

正月レポート、ざっくり湘南

 

田舎に住んでいると都会に行きたくなる

 

都会に住んでいると田舎に行きたくなる

 

という訳で、トカイナカの山岳の住人は

 

久しぶりに湘南の海がみたくなった。

 

 

正月なので、どこも混んでいるのを覚悟で出発。

 

 

茅ヶ崎の海へ出ようと、途中、寒川神社の近くの道を通った。

 

それがそもそもの間違いだった。

 

車が全く進まない。

 

覚悟はしていたものの、長時間のノロノロ運転に、

 

いい加減にぐったりする。

 

 

で、寒川をやっと過ぎ、茅ケ崎の海沿いにやっと出るも、

 

ここ国道134号線もやはりノロノロ運転。

 

が、海がみえた!

 

 

きらきらしている波間を久しぶりにみて、

 

やはり来て良かったと、少し気が晴れる。

 

そしてなんとか江の島へと近づくも、

 

やはりというか、橋の入り口に車がずらっと渋滞しているので、

 

手前の鵠沼海岸のパーキングに車をとめる。

 

ここが空いていたのもラッキーだったようだ。

 

他の駐車場はずっと満杯状態。

 

 

さてと、ようやく車を降りて深呼吸。

 

思い切り伸びをする。

 

そして晴天の砂浜を歩く。

 

おお、海が輝いているではないか。

 

 

サーファーが多数、波間に浮いている。

 

浜で犬がはしゃいでいる。

 

ここかしこで凧あげをしている。

 

おだやかな正月というにふさわしい絵である。

 

 

キュッと鳴る砂を踏む音が心地いい。

 

気温高め。

 

上半身裸でサングラスをかけたおっさんに、幾度か遭遇する。

 

皆、決まったように缶ビールを飲んでいる。

 

ここ鵠沼あたりで流行っているのかなぁ。

 

とりあえず、一見サンタモニカ風ではある。

 

 

さて、店は当然どこも混雑していて、

 

コーヒーの一杯をいただくのが大変。

 

結局、空いていそうなデニーズをみっけた。

 

一席をようやく確保。

 

それでも店内は超満員だった。

 

 

そんな正月の折、

 

苦痛の顔を浮かべた30代とおぼしき男が

 

ビールを飲みながら女性と向き合っている。

 

女性の表情はみえない。

 

男の顔がみるみる赤くなっている。

 

厳しい話は、いよいよ核心へと迫っている模様。

 

(いやだなぁ、こういうの)

 

正月早々、喧嘩か?

 

いや、あの深刻さは、別れ話?

 

いずれ正月の海辺とはいえ、

 

楽しい人ばかりではない。

 

現実は、常に強烈にドライなのであった。

 

 

店内の混雑とその雰囲気にかなり息苦しくなって、

 

早々に表に出る。

 

 

で、そこからほど近い湘南ホテル跡地前を歩く。

 

いまは高級マンションにリニューアルされ、

 

ちょっとコテコテした外観に変貌している。

 

 

 

ホテルは、もう10年以上前に閉鎖したと記憶しているが、

 

場所もプライスも好感がもてたので、

 

家族で2度ほど利用したことがある。

 

地下にプールがあって、

 

その脇にハワイアン風のリラクゼーションの店があって、

 

雰囲気のあるホテルだった。

 

部屋も広く、和室もあって、夜は波の音が聞こえた。

 

隔世の感。

 

 

さて、サザエが食いたいという奥さんの要望を却下して、

 

大渋滞の江の島の橋を渡るのを断念し、車を走らせる。

 

茅ケ崎パシフィックホテル跡を懐かしく眺めつつ、

 

平塚を通り越して、目的の大磯へ。

 

ここで海岸沿いの道から、細い一般道へ戻る。

 

目的は、去年リニューアルした大磯プリンスをひと目みようと、

 

来た次第。

 

 

が、新しい大磯プリンスは、思うほど、外観に変化がない。

 

館内へと入るも、さして驚きもなかった。

 

大磯温泉が、新たにスパ棟として建てられていたが、

 

あとは、古い建物をそのまま生かしたのはいいが、

 

あまりかわり映えしない。

 

さらに、館内の導線がよくわからない。

 

敷地のプールも植樹も、どうもレイアウトがいただけない。

 

もっとも客室のリニューアルは、ちょっと凄いらしい。

 

今度、宿泊してみようかな。

 

 

惜しいのは、この敷地内の一等地に建っていた

 

木とガラス張りの美しいチャペルをなくしてしまったことか。

 

夕陽に照らされたここのチャペルに足を踏み入れると、

 

誰もいない室内には、

 

いつもエンヤの神秘的な歌声が響いていたのに。

 

 

思えば、その昔、大磯プリンスホテルは、

 

神奈川県民のあこがれだった。

 

大磯ロングビーチは、夏に金持ちの家族のみが行けるところだった。

 

私と家族が来られるところではなかったが、

 

だからだろうか、

 

その姿にずっとあこがれてきたような気がする。

 

後年、縁あって、このホテルの企画をやったときも、

 

私はずっと、このホテルに敬意の念を抱いていた。

 

しかし、いまは

 

━幽霊の正体みたり枯れ尾花━

 

夢から醒めた私がみた、正直なこのホテルに対する印象だ。

 

 

帰りも、やはり国道1号の旧吉田茂邸あたりから

 

車は全く動かなかった。

 

大磯駅まで数キロなのに、小一時間かかった。

 

古い町並みと人通りの少ない商店街が続く大磯。

 

左手の山の中腹あたりには、あの村上春樹が住んでいるということで、

 

ちょっと気になったが、疲れていて見上げることもなかった。

 

 

かように、渋滞は疲れるし、暇なのである。

 

車内で、普段は考えもしない、いろいろなことが頭をよぎる。

 

 

たとえば、この渋滞を俯瞰して考えると、

 

ホントに日本の人口って減っているのか?

 

などという疑問が頭をもたげる。

 

もちろん、今日は正月という特別な日であり、

 

ここは首都圏の観光地だからという事情も加味してみる。

 

 

さらに、人口が増え続けなければならないという経済の考え方って、

 

ちょっと間違っているのではないだろうか、

 

などという小難しい問題が提起される。

 

これらは私の頭では無理なので、思考を断ち切り、

 

我にかえる。

 

 

あたりが暗くなってきて、ようやく車も動き出した。

 

ああ、久しぶりの長い休みも、これで終わりか。

 

休み明けの初仕事が怖いなあ。

 

 

明けましておめでとうございます

 

 

明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

元旦の昼はケンタ食ってました。

では早速ですが、こちらゲス芸能デスク2です!

 

◆レコード大賞

年末のレコード大賞観てましたが、
大賞は乃木坂46じゃない。違う。
どう考えてもDA PUMPでしょ。
U.S.Aって、歌詞は意味不明だし、
ISSAのヘアはかなりあやしいけれど、
あれだけ人気出たんだからね。
酷い歌詞だけど…

そして番組の大半は、
過去の受賞シーンばかりだった。
それはそれで懐かしいけれど、
過ぎ去った栄光ばかりではね、
現在の音楽シーンの躍動が感じられない。

如何にヒット曲が少なく、
マーケットが萎んでいるのが、
素人の私でも分かる。

最優秀新人賞の辰巳ゆうと
という歌い手さんも、
皆あまり知らないんじゃないか?

受賞、不思議。

唯一、ピンク・レディーが良かった、
というありさま。

ミーちゃんもケイちゃんも還暦を過ぎていて、
あの歌と踊りは凄い。
化粧も凄いけど。
ちょっとハラハラしてしまったよ。

 

◆紅白歌合戦

総体的になかなか面白かったですね。
過去に縛られず、若返りを図ったのが、
功を奏したと思います。
縁故関係で出ているような歌手を退場させたのも勝因。
客席と舞台を一体化させるような演出も冴えました。

さて、永遠のアイドル郷ひろみさんを観ていて
なんというか、プロ意識を感じましたが、
正直イタい。
凄い努力をしているんじゃないかとは思いますが、
このままでは、行く先が辛い。

それにしても、郷さんって何食ってんだろう?

天童よしみの「ソーラン祭り節2018~どさんこver.~」
って、北島三郎の「祭り」とほぼ同じなんじゃないか。

Suchmosっていいですね。

「臭くて汚ねェライブハウスから来ました、よろしく」って

挨拶が気に入った。

ちょっといきがっているのか、照れなのか、負けねえぞっていう

思いがあるのか、いいなぁ。

クラプトンとかが好きらしく、60年代~70年代の空気が伝わる。

内田裕也じゃなく矢沢でもなく、彼らの音楽はなんか伝わる。

 

北島三郎って、紅白引退したんじゃなかったっけ。出てるじゃん。

平成最後だからとかいろいろ理由を述べていたね。

「男」サブちゃんで売っているけれど、二言はある訳だ。

 

サザンとユーミンはね、同世代なので、ホント安心して聴ける。いまじゃ大物になっちゃったけど、やはりハタチの頃の勝手にシンドバットとかあの日に帰りたいのデビュー当時を思うと、自分も若い頃に戻れる。

 

 

◆番外編

秋元康という人は、一応いまは日本の音楽シーンに欠かせない人とは思うが、(ホントはどうでもいいと思っている)彼が生み出すAKBとか欅坂他いろいろいますが、あれって何だろうと思う訳です。ジャニーズの双璧といえばそのようにも思えますが、まあ、学園祭のノリでよくここまで来ました。思えば、80年代の「おニャン子クラブ」から彼の活躍が始まるのですが、女子学生の放課後の仲良しクラブが、どうも彼の思い描いた空気と思えます。そこに脈々といろいろなグループが繋がっていて、彼のコンセプトはいまも不変。○〇46とか〇〇48とかって一クラスの人数に思えなくもない。いろいろなクラスの女の子がいる。それが、彼の生み出すグループなのでしょう。彼はセブンイレブンとかファミマみたいに、フランチャイズ化にも勢力を注いでいて、アジアだけでなく欧米もターゲットに入れているのではないか。なんたって向こうは日本のアニメも浸透しているので、それほど違和感はない。ライバルはKポップグループ。負けるなよ、と言いたいところですが、私的にとても違和感があるので、もうこれ以上はやめておきます。

 

 

ドラゴン、西へ

 

 

 

 

ドラゴンは架空のいきもの、

 

西へ飛んでったのは、単なる雲の切れ端に過ぎない。

 

が、室内で始終下を向いて作業をしている身に、

 

戸外のすがすがしさは、解放感に満ち溢れている。

 

 

私は、閉所恐怖症の傾向があるので、広―いところ、

 

丘の上、山頂など、陸と空が遠くまで見渡せる場所に行くと、

 

言い知れぬ安堵とともに深い呼吸をしている自分に気づく。

 

 

空に、ドラゴンがいたっていいじゃないか。

 

 

空想は広がり、ドラゴンはある男の子の危機を救うため、

 

翼を大きく広げて、マッハのスピードで西へと飛んでいく。

 

 

ドラゴンは、きっと男の子の危機を救うだろう。

 

沼に沈みかけた少年は、ドラゴンとともに、

 

再び大空に舞い上がり、次々に困難を克服し、

 

そうして勇敢なおとなに育ってゆく。

 

 

これが、世界の子供たちを魅了する物語のテーゼだ。

 

これからも、このストーリーがくつがえることはないだろう。

 

少なくとも、童話の世界においては。

 

 

そんな話はすでにいくつも知っているし、読んできたのに、

 

ちょっと幼稚かもしれないが、僕はこのことを

 

「ネバーエンディング・ストーリー」から学んだような気がする。

 

 

 

 

 

 

 

俺のユニクロ率

 

 

年々上がっている俺のユニクロ率である。

 

ユニクロは、昔のトヨタカローラみたいなもので、

チープでもなく豪華でもなく、

限りなくスタンダードなのだと思う。

 

機能も申し分ない。というか、そんなものなんじゃないか、

に収まる不満の出ない程度の機能性は確保している。

 

だから、まあユニクロを着ていれば、

無難でありそこそこなのであるからして、

コスパはいいと判断できる。

 

で、問題はそこから先にある。

 

みんなおんなじ格好して街でぞろぞろ歩いているのも、

なんか気味が悪いし、

それじゃ人民服となんら変わりがなくなってしまう。

 

そこで、みな個性を出すべくあれこれ工夫をする。

その差の出し方が、いわゆるセンスなのだと思う。

 

これは、全身をシャネルで着飾るより数段難しく、

街中できらっと光るためのセンスは、

かなり高いものが要求される。

 

学ラン世代の私は、みな同じあのカラスみたいな学ランに

個性を出すべく、かなりの工夫を凝らした覚えがある。

 

まず、首のところに付いている白いプラのカラーを外すか否か。

下に着るワイシャツは学校指定のワイシャツではなく、

当時流行りのボタンダウンを着るとか。

そして冴えないスラックスを細くして、

シルエットをかっこよくする。

いや、スラックスを太くして粋がるような格好に仕上げる…

さらには、指定の皮靴をやめてコインローファーにするとか、

もっと尖がった革靴に履き替える…とかね。

 

かように、不自由の枠のなかの自由の追求や個性の表現は、

それだけ検討のし甲斐があった。

 

ユニクロを不自由で買っている訳ではないが、

まあ個性を出す訓練のようなものと考えると面白い。

 

同じ服を着ていても、なんかチープなのと

かっこいいのが生まれる現状をみていて、

それがファッションなんじゃないかと考える。

 

車に例えれば、ベンツやポルシェに乗っていればかっこいいとか、

そんな単純な時代じゃない。

そんな世の中、甘くはない。

 

服も同じ。

 

ユニクロはそこを提示していない。

そこまでは教えてはくれない。

 

なぜなら、ユニクロはスタンダードの地位を維持していれば

安泰なのだから。

 

問われているのは、消費している私たちなんじゃないか。

 

 

 

 

ハズキルーペって何がすごいのか?

 

ハズキルーペが人気だ。

勢いが止まらない。

それはコマーシャルの出稿数からも判断できるし、

豪華なキャスティングからも分かることだ。

売り上げは急激な右肩上がり、だろう。

 

火が付いたのは、渡辺謙と菊川怜のコマーシャルあたりからか。

菊川がきゃっと言ってハズキルーペをお尻で踏んづけるも、

メイドインジャパンの堅牢なハズキルーペである。

何ともない。

丈夫にできている。

で、菊川のヒップが評判になった。

堅牢なルーペに、さらに色気を付けた訳。

 

かくしてコマーシャルは成功。

最近ではバージョンアップ版に変わった。

 

銀座にでもありそうなクラブに小泉孝太郎が入店する。

おしぼりを顔に当て、

パソコンで相当目が疲れている、という設定。

すかさず、ママ役の武井咲が、

ハズキルーペがいいわよ、とがち押し。

「字が小さくて読めない」と言っておしぼりを投げ、

謙さんの真似をする小泉。

そして「謙さんには内緒だよ」と、

ちょっとしたギャグを飛ばす。

常連にありがちだなぁ。

 

武井ママも新製品を見せびらかす。

と隣の席にまたまたハズキの新製品である

サングラス仕様をかけた気取ったミドルがいて、

かなりすかしているではないか。

適役、舘ひろしである。

でなんか、気が付くと、

店の女の子も全員がハズキを装着している。

 

で、ここで絶対に逃せないのが、

店の女の子が、ハズキを置いてある椅子に、

次々に座るシーン。

悩ましいヒップのクローズアップ。

このシーンを2回繰り返す念のいれようなのである。

前回から色気も数倍バージョンアップした訳。

 

おっと何のコマーシャルだったっけ?

と我にかえる。

まるで、通販の臨場感を意識したつくりなのだ。

 

制作者は、このシーンを最初に思い浮かべた。

これがやりたくてこのコマーシャルを考えたとしか、

私には思えません。

世間がうるさいイマドキ、勝負に出た感がある。

ハラスメント?

エンターテインメントに徹したので、

なんとか納まっている感はある。

 

こうなるとだ、ハズキルーペの勢いは止まらない。

物事には勢いというものがある。

そこをハズキは逃さない。

いままさに、黄金期。

観ているほうも、

「ワシもそろそろハズキルーペ買おう」と、

無意識に購買を予定しているおっさんがいっぱいいると、

私は踏んでいる。

ちなみにおばさんは、

かなりの不信を抱いているように思うがね。

 

そもそもハズキルーペって、

中高年を中心に、こまかいものを大きくして見るための

虫眼鏡じゃなかったっけ。

むしめがね…だよなぁ

そこにファッション性と堅牢と色気をふりかけると、

摩訶不思議にヒットした。

 

こうしたエグいコマーシャルって結構多い。

私も割とノってしまう性格なので、

過去にかなり不要なものを買いためている。

家中にすでに使わないものが溢れている。

冷静に考えると、

金は使うは、家はどんどん狭くなるわ、

なんで買ったんだろうと反省する訳です。

そんな事をさんざん繰り返していると、

いい加減、いろいろと気づくものです。

財布の紐も堅くなる。

 

コマーシャルとか通販って要するに、

仕掛けが透けて見えるようになってしまったら、

終焉を迎えます。

ながらく続いた消費文化の限界も見えるようです。

そして人はますます手堅くなる。

 

しかし、広告のスタイルは尚も進化するのだろう。

広告って雑草のように強いから。

 

とりあえず、罪な広告ではある。