ウェラブルデバイス初体験

僕の手首にはウェラブルデバイスが巻かれている。

いや、正確にいうと、

私が3日前に意を決して自ら巻いてみたのだ。

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このウェラブルデバイスは時計をはじめ、

歩数、距離、消費カロリー、心拍数、血圧、運動の度合い、

睡眠時間とその質、たとえば深い眠り、浅い眠りなどが

すべて記録される。

こうした類いは、他にカメラとかメールとか、

目的別にいろいろ販売されている。

ネット検索「ウェラブル」で、結構この世界がみえてくる。

手持ちのスマホとはBluetooth接続とアプリ連携で使える。

こう書くとすげぇ難しいように思うが、

要は指定されたアイコンを頼りにダウンロードし、

スマホの設定でBluetoothをオンにすればいい。

で、この健康系ウェラブルデバイス。

改めて己の数値をみてアレコレと思うのだが、

これは便利だぞと人にすすめたい半面、

意識するとかなり監視されている感が強い。

昨夜は、嫌気がさして一度外して放り投げた。

スカッとしたね。

が、数時間後には気を取り直して、再度腕にはめてみる。

今度は、このウェラブルデバイスに関する見方を変えてみる。

うーん、なかなかカッコいい。

未来感が全開。

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明日はちょっと目立つよう腕まくりをして街を歩いてみよう。

で、やはりというべきか、外出先ですっかり他の事に目がいき、

付けていることを全く忘れてしまう。

今朝、ようやくウェラブルデバイスを付けていることに気付いて、

iPhoneで己の数値をチェックしてみる。

おお、昨夜は深い眠りと浅い眠りが程よくミックスされ、

眠りの質は「良」と表示されている。

心拍数は少々高めで出ている。

これは最近風邪をひいたらしいのでしょうがない、と自己判断。

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まあ、なかなか面白いデバイスではある。

が、欠点もある。

血圧の測定数値がちょっとあやしいように思う。

なぜなら、そもそも私の血圧が低血圧気味である訳もないのに、

常に低めに出る。

これは血圧高めの私としては、真実を排除して非常にうれしい数値である。

真実など、この際どうでもいいんである。

で、このウェラブル…(なんか長いので嫌気がさしてきたなぁ)は、

半年遅れの誕生日プレゼントとして長男から貰ったものなのだが、

当初は「タバコをやめろ」との要請から

電子タバコのアイコスを貰う予定だったが、

相変わらずどこも売り切れで、ではということで

このウェラブル…にした次第。

アイコスはよくわからないが、このウェラブル…は、

健康に不安のある年代には使える。

とにかくシニアはいろいろと不安なのである。

日常の己の数値の目安を知る上ではなかなか便利であるし、

なにより手軽なのがいい。

しかし問題がいくつかある。

まず数値が甘いこと。特に前述のように血圧に顕著。

あと常に身につけるデバイスとしては、

充電池の使用時間がちと短いように思う。

ついでに取説の日本語がちょっとね…

ちなみに充電はUSBオンリーなので、ココ気にしよう。

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プライスは、確かアマゾンで6000円前後だったように記憶している。

いまさら監視されたいシニアにおすすめです。

絶望のカフカ

カフカといえば「変身」が有名。

私も「変身」しか読んだことがない。

精一杯、苦労して読んだ。

で、以後は読みたいとも思わない。

ほんとは長編の「城」とか「審判」も続けて読むつもりだった。

しかし、やめた。

いや、挫折したのだ。

―ある朝、目覚めると私は巨大な虫になっていた―

「変身」はなんの脈絡もなくこのように始まり、

最後まで希望のないまま終わるのだが、

読後の疲労感だけが残っていたのを覚えている。

しかし最近、ひょんなことから、

再度カフカに関する書物に惹かれ、

ついにそれを買い、読んでしまった。

帯にあった「絶望」という二文字が気になったからだ。

しかし、その本は彼が書いたものではなく、

彼の発言、メモを集めた本、とでもいおうか。

題して「絶望名人カフカの人生論」(新潮社刊)。

著者は、カフカの翻訳や評論をしている、

頭木(かしらぎ)弘樹という編訳者。

「絶望」がなぜ気になったのか?

これは、自分に思い当たるフシがあったからに他ならない。

生涯の絶望は、決して忘れるものではない。

いまとなっては笑える事柄でも、当時のことを思い返すと、

やはりやりきれなさが甦る。

そして絶望は複数でやってくる。

単体の不幸ならなんとか踏ん張れるものも、

そういうときに限ってショックは重なって押し寄せる。

だから人は絶望するのだ。

さて、カフカの著書を読んだときのあの憂鬱感は、

どこから来るものなのか?

なにはともあれ、

彼は近代を代表する小説家でもある訳で、

それはいかなるところが評価されているのか。

さらには、カフカの絶望とはいかなるものなのか。

彼は生涯どの程度の絶望に陥ったのか。

そして世間でいう絶望とはどのようなものなのか。

自分と照らし合わせ、その「絶望」とやらの

本質というか程度というものが知りたかったからだ。

まず、カフカの文学的評価は、おおよそ次のようなものだ。

「現代の、数少ない、最大の作家の一人である」(サルトル)

「カフカは、もはや断じて追い越すことのできないものを書いた。

…この世紀の数少ない偉大な、完成した作品を彼は書いたのである」

(ノーベル文学賞作家エリアス・カネッティ)

「フランツ・カフカが存在しなかったとしたら、現代文学は

かなり違っていたものになっていたはずだ」(安部公房)

私にはよく分からないが、カフカに対する評価は相当なものである。

なのに、彼が生涯抱いたものは「絶望」なのである。

この本には彼の生涯における、絶望的な体験や言葉が、

それこそ洪水の如く溢れ出ている。

それはなんというか、壮絶でさえある。

たとえばこうだ。

「将来にむかって歩くことは、ぼくにはできません。

将来に向かってつまづくこと、これはできます。

いちばんうまくできるのは、倒れたままでいることです」

なんというか、すごい。

また、カフカは結婚したいと強く願いながら、

生涯独身だったそうである。

これは彼のあまりにネガティブな思考から、

自ら結婚を破談にしてしまったらしい。

彼(カフカ)によると自分は身体が虚弱で、胃が弱く、

不眠症だった。

家族と仲が悪く、特に父親のせいで、

自分が歪んでしまった…

で、彼の書いた長編小説はすべて途中で行き詰まり、

未完である。

彼は嫌々ながら生涯サラリーマン勤めをしたそうだが、

ここでも彼は何事にも成功しなかったそうだ。

彼の特質は失敗からはなにも学ばないこと。

よって彼は常に失敗し続ける人生を送ったそうだ。

こうなると、彼の小説は趣味的にとでも捉えられる。

ようやく死後、世に出ることとなったのだが、

なんと、彼は亡くなる前、

友人に「遺稿はすべて焼き捨てるように」と

遺言したそうである。

しかしこの友人が遺稿を出版し、

結果、カフカの名と作品が世に出た訳だ。

彼(カフカ)は言う。

ぼくの人生は、自殺したいという願望を払いのけることだけに、

費やされてしまった。          ―断片

しかし、ここに人生における価値があるのでないかと著者は言う。

「人生の多くが、むなしく費やされるとしても、それでもなお人は

何かをなしうるということでしょう」

永い人生で、人は何度も絶望する。

そんなとき、

「死ぬ気になれば何でもできる」とか励まされても、

しらけるばかりである。

「追い求め続ける勇気があれば、すべての夢はかなう」

これはウォルト・ディズニーの名言だが、

絶望している人間を救えるかというと、

この場合は適さない。

強い人間、成功者の言葉には、どこかザルのような隙間があり、

そこからこぼれ落ちるものは、まず見えることはない。

カフカは誰よりも弱い人間だった。

心身とも弱い人間だった。

よって、強ければ気づかないことにも気づけた。

たとえば、足が弱ければ、ちょっとした段差にも気づける。

人の心に寄り添うこともできる…

「ぼくの弱さ―もっともこういう観点からすれば、

じつは巨大な力なのだが―」

カフカの言葉です。

(本稿は「絶望名人カフカの人生論」(頭木弘樹:新潮社刊 )を
引用、参考として構成されています)

アメ車とロックとトランプ大統領

トランプ大統領は自動車産業をやたら気にしていますね。

日本車はアメリカで人気、売れていますから。

アメ車は日本ではイマイチ売れません。

アメ車はかっこいいとは思いますが、どうもデカい。

細い道では困るし、燃費も良くない。

過去にクライスラーのジープを買う寸前までいき、

その値段ならもう少し出せばスエーデンのボルボが

買えることが分かり、ジープをやめたことがあります。

いろいろ惜しいアメ車なのです。

東京で仕事をしていた頃は、

フォードブランドのフェスティバという車のプロモーションを

手伝っていました。

フォードブランドとはいえ、エンジンはマツダ製。

一応、アメ車ですが小型でヨーロッパ・デザインの車。

戦略的には面白い車でした。

特徴は、幌製のオープントップが付いていて、ちょっとおしゃれ。

屋根が開く他は、フォードのエンブレムが付いていて、

そこそこ売れたように思います。

しかし、小型車が強い日本市場で生き残るのは難しい。

後にフォードはフィエスタという世界戦略車も出しましたが、

後に衰退しました。

やはりアメ車はあのデカくて押し出しの強いボディが、

特徴というか魅力だと思いますので、

セールスを考えると相反してしまうという、

妙なパラドクスに陥ってしまいますね。

欧州も小型車の作り方は上手く、

(たとえばVWワーゲン、プジョーなどにみられるように)

やはりアメ車が入る余地はありません。

大型車でも、向こうはベンツやアウディ他、

ドイツ車を筆頭に強者揃いなので、なかなか勝てません。

しかし、ピックアップトラック、バン、四駆などは、

ハーレーと同じく、アメリカらしい魅力があるので強いのですが、

市場が限られる。要は市場のパイが小さいのです。

キャデラックやリンカーンもたまに近所の国道で見かけますが、

絶対数は少ない訳で、そこがトランプ大統領の不満なのでしょうが。

トランプ大統領をテレビで見ていると、

あの押しの強いところがアメ車とダブります。

受ける奴にはとことん好かれる、

しかし、癖の強さから敬遠する人間も多い。

良くも悪くも、アメリカのイメージって、

そういうところかも知れません。

戦争も平和運動も、その懐の広さを思うと、

世界一の善と悪が凝縮している国がアメリカという国と

言えなくもない。

アメ車が富の象徴であった頃、

トランプ大統領もまた古き良きアメリカで、

青春をエンジョイしていたのでしょう。

カーラジオからはカントリー&ウェスタンや

アメリカン・ロックが流れ、

ベトナム戦争で疲弊していたとはいえ、

アメリカは依然、世界のナンバーワンであって、

富は集中し、生活のレベルもやはり世界屈指であった訳で、

映画も音楽もアートもアメリカ発が圧倒的に多かった。

(ビートルズやローリング・ストーンズ、レッド・ツェッペリン、

名画の映画音楽などは欧州発ですがね)

そんな時代に年頃だった日本の若者もまた、

海外の文化、とりわけアメリカ文化をモロに浴びたので、

老齢にさしかかったいまでもその傾向は拭えない。

よって、アメリカの遺物は依然としてこの日本にも漂っています。

カントリーソング、そしてベンチャーズが日本で流行ったあたりから

ジャズもソウルもフォークも大量に次々に輸入されるようになり、

日本の文化などへの影響は

良くも悪くも計り知れないものがあります。

とりわけ、こちらはなんでも吸収してしまう年頃に、

クリーデンス・クリアウォーター・リバイバルのようなグループから

ステッペン・ウルフ、そしてカリフォルニアあたりを舞台にした

ロックを大量に吸収してしまい、

妙に偏ったアーティストが青春の思い出になってしまいました。

なかでも、私的にイーグルスは印象が強く、

名曲のホテルカリフォルニアはもちろん、

それを遡ると、

ジャクソン・ブラウンがつくった「テイク・イット・イージー」が

やはりイーグルスの原点のように思いますね。

さらにその源流を辿ると、

ジョン・デンバーやウィリー・ネルソンなど、

カントリー&ウェスタン系アーティストがごちゃごちゃとでてくる。

こんな時代に流行った歌が、

アメリカという国の原風景なのだと、

今回の大統領選を見ていて感じました。

広大な土地に、ピックアップトラックに、地平線まで続く小麦畑。

それは決してニューヨークやロスなどの都会ではなく、

アメリカの片田舎のガソリンスタンドのラジオから流れる、

砂にまみれたスローなカントリーソングだったり…

トランプ大統領がいま必死に取り戻そうとしているのは、

こんなアメリカの風景なのではないのかと思うのですが。

薫りたつコーヒー、発見!

打合せ先で頂いたコーヒーがおいしくて、

そしてなにより薫りが格別だったので、

仕事の最中とは言え、

思わず銘柄を尋ねてしまいました。

先方は笑みを浮かべ、

やはり聞いてきましたね、と満足げな表情。

聞けば、その方もとある会社でこのコーヒーを頂き、

その薫りに惚れ込んだとか。

しかし銘柄を聞き損じ、

方々を回ってやっと見つけられたとのこと。

自らの足と舌で探すとは、

なかなかの惚れ込みよう、探求者です。

「で、どこにありました」

と私。(図々しい)

「それがですね、カルディにあったんですよ!

灯台もと暗しでした」

「ほう」

「そう、私もよくあそこには行くのですが、

まるで気がつきませんでした」

薫りと味だけを頼りに探し当てたコーヒー。

さて、カルディは分かった。

が、銘柄まで聞いてよいものかどうか、

ちょっと悩んだが、

先方は結構おおらかな方だったので、

「で、銘柄は?」

おずおずと聞くと

「ええ、ライオンです、

ライオンコーヒーのバニラ・マカダミアです」

訳もなく教えてくれた。

翌日、早速カルディに行くも、

ライオンコーヒーのバニラ・マカダミアは売り切れで、

入荷未定とのこと。

こうなるとですね、余計に手に入れたくなる。

帰りに寄った喫茶店で、iPadを開いて検索。

と、あるではないか、このライオンコーヒーが。

アマゾンにも楽天にもあるある…

知らないのは、私たちだけだったのかなぁ。

値段はやはり高い。が、エイやっとアマゾンで買ってみる。

ちょっと調べると、

以前からかなり人気のあるらしい銘柄ということを知る。

原産国はアメリカ。ハワイ産でした。

ここは、本場のコナといきたいが、

私が買ったのは、やはりバニラ・マカダミアのフレーバー。

魅力はバニラですから。

本物のコーヒー通からすれば邪道。

そう思うが、甘いバニラの薫りが何ともいえない。

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で、パッケージがまた斬新。

満艦飾でデザインされた中央には、

やはりライオンでしたね。

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これを、フレンチプレスに入れてざっくり4分くらい待つ。

以前は、コーヒーメーカーを使っていたが、、

あるときからフレンチプレスに交換。

理由はですね、コーヒーを入れる作業が簡単だから。

そしてこっちの方がおいしいと勝手に思っている。

コーヒーメーカーの神経質なフィルターって、

雑味も取るが、コーヒーのおいしい油分まで取ってしまう。

その点、フレンチプレスは良くも悪くも

コーヒーの味を丸ごと味わえるとでも言おうか、そこが良い所。

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ただし、保温は不可なので、さっさと飲まねばならない。

で、ライオンコーヒー・バニラ・マカダミアを

フレンチプレスで入れてみた。

真剣です。

落ち着いて味わう…と、味はまあまあ?

が、やはり薫りが引き立つなぁ。

結論ですが、これはもうバニラさまさまというところ。

なんというか、簡単に言うとこれはアイデアの勝利、

というところか。

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魑魅魍魎コンサルタント

その神経質そうで、か細い声の電話の主は、

是非とも当協会のコンペに参加してくれないかと

ねちっこく、かつなかなかしぶといので、

無料コンペはお断りの旨を伝えると、

では最低保証は支払いましょうと、

妙に真剣なのである。

ウチ等をどこかの会社と間違えているのか?

改めて名を名乗ると、間違いないという。

ならばということで、この協会をいろいろ調べると、

まずどうしようもないサイトしかもっていないことを知る。

全国的に「名の知れた団体なのになぁ」と、

私はひとりつぶやくのであった。

後日、競合は3社と判明。

で、現在の広報・宣伝の状況などをヒヤリングしたのだが、

実は内部で今後の方針を巡って意見がバラバラで、

全くまとまらない、

かつこれといったアイデアもなく、

全く方向性がみえない、

よって、コンサルを雇うことにしたとの経緯を聞く。

ふーん。

この協会がPRにかける年間予算はだいたい3000万。

コンサル料は10㌫くらいだったろうか?

などと考え倦ねているうち、

ふとイケルと、何故か思ってしまった。

全体の段取りがぼんやりと見えてしまったのだ。

が、まずコンペを勝ち抜かなくては元も子もない。

戦略としてはいろいろ策はあるが、

この場合は正攻法でいくことと決める。

奇襲は必要ないと考えた。

まずリサーチによるこの協会の知名度実証把握、

現在の広報・宣伝費を洗い出し、

その質と方向性、費用対効果などを詳細に調べる。

バラバラだったものの方向性をひとつに絞り、

媒体の変更などによる予算の組み換え、割り振り、

さらに媒体ごとの訴求も考え、ラフをつくり、

プレゼン準備を進める。

プレゼン当日、おおっとムカシ若かりし頃、

憧れていた大手も参加していることを知る。

△△エージェンシー

が、内心このプレゼンはイケルと確信する。

プレゼン本番はかなりの手応えで、

後日ウチに決まったときは「当然でしょ」と、

分かったいたようにうぬぼれる。

まあ、ここまでは自慢話。

流れからして仕方がない。

が、肝心なのはこの先なんである。

コンサルなんてやるんじゃなかった…

そればかり考えた一年になってしまった訳です。

なんでかというと、

この協会内部の力関係というか、

役員同士の人間関係というか、

これらがとんでもなくドロドロしていて、

アレコレと絡まった糸のようなもつれ、

収拾のつけようもない。

当初の協会からウチ等への依頼も空しく、

各自が自分たちの思い通りの方向へ事を進めようと、

この私を口説く、飲みに引きずり回そうとする、

果ては、こちらが思い通りに動かないと分かるや、

裏工作で足を引っ張る、反対する決議を引き延ばそうとする、

アレコレ難癖をつけて会議を無駄に終わらせてしまう等、

とにかくこちらとしては、

強烈なストレス攻撃を受けたのであった。

よくよく調べるに、どうもそれらの動機が、

それぞれに各業者と裏で繋がっている関係から始まっており、

こちらが費用対効果の悪い媒体とかを切ろうとすると、

鋭い反撃を食らわすのであるからして、

半年も過ぎた頃には、もうこれはある意味、

すさまじい内戦状態に陥ってしまったのである。

うわー険悪

この間、約一年でこちらがぶった切った媒体と業者は、

永年この協会をヤドリギのようにしてきた所ばかりで、

こちらの調査では、

クソの役にも立たない媒体と宣伝物ばかりだった。

あるとき、この協会の全体会議の後に行った飲み屋で、

懇意にして頂いている一人の役員から、

○○さん夜道の独り歩きに気をつけなよと

真顔で忠告されたときには焦ったね!

後日、こちらが取引停止をした新聞社のお偉方数人が、

「どいつだ、ウチを切るとほざいている奴は」と、

この協会に怒鳴り込んできたというから、

いい加減笑ってもいられなくなった。

怖!

しかしだ、

なかにはとても真面目に協力してくれる方や、

こうした協会の状況に危機感を抱いている役員の方々も

少なからずいてくれたので、

こちらも途中で逃げずに済んだし、

胃潰瘍寸前でなんとか「卒業」できたのだが、

結局、成果として、

当初の改革目標の半分も達成できなかったのである。

これがいまもって悔しく思うことがある。

過日、風の便りにきいた噂では、

この協会はただの飲み会の場と成り下がり、

元の業者となあなあの付き合いを開始。

協会の体たらくは末端にも広く伝播することとなり、

会員の数も激減と一途を辿っているらしいと。

「大丈夫か?××協会さん」と思わずつぶやいてしまった。

後、いろいろと調べて分かった事だが、

この狭い日本には、こうした得体の知れない法人、

訳の分からない利権集団がすこぶる多いのであ~るよ。

知らなかったなぁ…

という訳で、おおいに反省した次第。

しかしですね、まあとんでもない事も体験できたし、

とてもベンキョーになりました(汗)

とでも言っておこうか。

計らい

泣きながら産まれたこの世は

如何でした

そんなこたぁ分からねぇなと

ビールをひったくって飲んでいる

姿が忘れられない

あなたを

泣きながら皆が送り出すさきには

何があるのでしょう

いったい

何処へ行くのでしょう

あなたが産まれたとき

きっと嬉し涙を流したひとが

いるのです

そして皆腹をかかえて

大声で笑って

祝って

賑やかになったことでしょう

あなたを

泣きながら皆が送り出すさきには

何があるのでしょう

いったい

何処へ行くのでしょう

遠い国

碧い星

見えないかなた

雲のうえ

空のむこう

遙かむかし

いえ

いいえ

そこ

そこ

となりで涙を流しています

満月でした!

空、観てます?

昨日は満月でした。

満月の日は、朝から頭痛とか、

体の不調が顕著です。

気がつくと満月。

なので満月は嫌いなのですが、

絵にはなります。

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狼男も満月になると人を襲います。

赤ちゃんも満月に産まれる?

これはよく分かりませんが、

そんな話を聞いた覚えがあります。

地球の衛星である月は、

私たちにどんな影響を与える?

月の裏側には、実は宇宙人の基地がある?

満月の日の事故率は高い。

皆、感情が昂ぶるそうな…

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新しい財布を満月に使い始めるのだけはやめましょう。

それは新月ですよ、

新月!!

年を跨いで諸々の話

年末31日の日の入りを記念に撮りました。

丹沢山塊に沈む夕陽はいつ見てもいいものです。

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年が明け、近所の神社へ初詣。

もう陽が傾いていまして、甘酒も売り切れてしまい、

しょうがないのでコンビニでコーヒー。

いつもと変わりません。

↑このくだりは、前回の記事と被っていますなあ…

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2日は大混雑を覚悟で奥さんと買い物へGo!

クルマ大渋滞、店内大混雑。

みんなヒーヒーしていまして、座るところもままなりません。

喉がカラカラ、結構面白い。

こんな環境で冷静な買い物なんかできっこない。

私らも含め、みんなバカですね 笑

そこがいい、という人もいますが。

3日は、奥さんの実家がある横浜へ。

恒例の墓参り。いつの頃からか鳥居が並ぶようになりました。

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ウチの菩提寺もこの近所にありまして、

その高台からの眺めはなかなか。

横浜ららぽーとが見下ろせますから。

この街は私の地元でもあるので、

いまでも幼なじみがかなり暮らしています。

去年の11月に、調度同窓会があり、

私も出席しましたが、現役で働いているのは、

出席者の約3分の1程度でした。

皆一様に言われたのは、まあまあそこそこに

働いているのがいいよ、ということ。

そういうもんかね?

ああ、リタイアはね、あれはあれでなかなか難しいよ。

ふーん、そういうものかね?

あとは本人が患っているとか、親御さんの介護だとか、

皆なかなか大変な日々を送っているようです。

私もいろいろとありますが、基本マイペースなので、

また、他との比較対照は何の意味もないことも、

経験上理解していますので、

皆自分を全うすればよいのだとしか思いません。

ただ、今年もなんとか無事に過ごせればなぁと思っています。

本日8日は、早々と連休中日です。

なんでか、切羽詰まっているものが幾つか。

仕事となってしまいました!

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では皆様もこの一年をご無事でお過ごしください!!

さあ、ココロの趣くままに

2016年最後の仕事は、

いや、仕事になるのか否かはまだ分からないが、

私とディレクターは神奈川県のとある重度障害者施設にいた。

それまで、こうした施設の依頼は幾度かあり、

それぞれに仕事をさせて頂いたが、

今回の施設は、とびきり大変な仕事と分かった。

それでもお子さま方への愛情が充分過ぎるほど伝わる

私たちを呼んでくれたその女性が、

天使のように思えたのだった。

そんな直感は、いままでにないものだった。

なんとか安くて良い記念誌をつくってあげたい。

話は変わって、大晦日だったか、たまたま観たテレビに

懐かしいイエモン(THE YELLOW MONKEY)が出ていて、

再結成のいきさつを話していた。

リーダーの吉井が、

イギリスで70才のミックジャーガーのコンサートをみたとき、

とても感動したそうである。

そして閃いた。

解散していた自分がこれからなにをやるべきかが。

歌、そしてロックが好きだから、もう一度バンドを再結成しよう、

70才になっても頑張ろうと。

要するに見えたのだ。

イエモンは紅白に出ていた。

宇多田ヒカルも良かったけれど、

同じようにイエモンも良かったなぁ。

年は変わって、元旦。

近くの神社へ初詣にでかけた。

午後遅くだったので、盛大に燃やしたと思われる焚き火も、

もう消えかかりそうで、誰ももう薪をくべない。

そのフツフツと灰色にくすぶる最後の薪が、

なんだか自分に被る。

でふと思ったのだ。

このままでは違和感は拭えないなぁと。

地続きのように何も変わりなく、

今年も仕事を続けていく、ということ。

いまからでも遅くはないのでないか?

あの天使のような女性もイエモンも、

私の知らない何かを知っている。

掴んでいる。

見逃さず見過ごさず、自分に問うことは、

やはり勇気のいることではあるのだが…

ある大晦日の記憶      

                   西條八十

その夜は粉雪がふっていた、

わたしは独り書斎の机の前に座って

遠い除夜の鐘を聴いていた。

風の中に断続するその寂しい音に聴き入るうち、

わたしはいつかうたた寝したように想った、

と、誰かが背後からそっと羽織を着せてくれた。

わたしは眼をひらいた、

と、そこには誰もいなかった、

羽織だと想ったのは

静かに私の軀に積もった一つの歳の重みであった。

          (一部現代仮名遣いに変えました)

明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いいたします。

面白き事もなき世を面白く

怒濤の一ヶ月が終わった!!

満身創痍の年末、疲れ切っている。

クリスマスなんてなかったなぁ。

思えば、今年は甥の入院騒ぎから始まったのだから、

結果、いまは平和な年末と思わなければ罰があたる。

甥が救命救急室に入ったのが年初。

父親がいないし、母である私の姉は頼りない。

彼のしっかり者の姉と私たち夫婦がなんとかするしかない。

ようやく退院にこぎ着ける頃、

季節は陽が肌を刺す汗ばむ夏になっていた。

それまで心臓移植コーディネーターとの話し合いが

幾度となく続いたのだが、

奇跡的に甥の心臓が活動を再開した。

なにがなんだか分からないうちに秋になっていた。

その時期と重なるように、やはり年初から

僕は虎ノ門の弁護士と、ある案件を進めていた。

関係者の手前、詳しくは書けないが、

これも相当疲れる事案で、

やはり終結は陽がななめに延びる秋だった。

この事案も無事に終わり、

少しはのんびりしようと、

頬杖を突いて横になっていると、

今度はほどほどだった仕事量が倍増し、

本来の心地良い疲れが溜まったのはいいが、

やはりなに事も度を超すといけない。

特に朝方のぼんやりした頃に、

うつらうつらしながら頭に浮かぶのは、

とてもハッピーとはいえない事ばかりで、

一体なにがしあわせなのだろうと、

いまさら餓鬼のような事を考え倦ね、

昔、2度3度と読んだ人生の書を再度開く。

その本はハードカバーの分厚いもので、

隅から隅まで丁寧に読んでいると、

僕のペースだとおおよそ3ヶ月かかるので、

話の肝をみつけてそこに集中すると、

要するに人間はまだ来もしない明日の事を考えては悩み、

もう遙か彼方に飛んでしまった過去を振り返っては悩むものだから、

それは生きてく上で重くのしかかるだけで、

なんの価値も生み出さないのだと。

―いまここ 今日に生きる―

朝目覚めたとき、せめて今日の夜寝るまで最善を尽くす。

要はそれだけで良いのだと書いてある。

そんなたいしたこともない話に深く同意し、

その極単純な法則に気づいた僕は、

やはりいま思えば疲れていたなぁ、と振り返る。

―面白き事もなき世を面白く すみなすものは心なりけり―  

このことばがよく僕の頭に浮かぶが、

我が身に降り注ぐ事案も、

何はともあれ、

心持ち次第でどうにでもなる事ではある。

そういえば、先週、商工会議所にて、

こちらの思い描く野外イベントの趣旨を話したところ、

なぜかとても受けがよく、

やはり手がけてみようかという気になってきた。

本気になるまで時間がかかるのが僕のよくないところだが、

やはりやってみようか?

面白き事もなき世を面白く 

すみなすものは心なりけりか

もう年なんだけれど、

気持ちひとつ。

そういう事案だ。