駅前の○×銀行は、月末の金曜日ということもあって、
店内は混雑している。
なにもこんな日にとは思ったのだが、他に時間がないので、
嫌々行くこととなった。
まとまった金といえばそのような気もするが、
アレコレと滞っていたものを一気に動かそうとすれば、
それなりの金額を動かすこともある訳で、
その日が一掃する実行日だった。
送金、振り替え、口座の移動、手元に下ろす金等々、
合計としては結構な金額を出金することとなった。
散々待たされ、やっと呼ばれてカウンターに行くと、
ベテランとおぼしき行員の女性は見事な手さばきで、
次々と仕事をこなしている。
で、私の差し出した雑多な用紙に目を通すと、
ちょっとお待ちくださいといって、
一瞬ためらうのが分かった。
と後ろの女性となんだかヒソヒソ話を始め、
再び、こちらへむき直すとおもむろに、
「このお金の送金先ですが、どういうお方ですか?」
呆気にとられた私は知り合いですがとこたえる。
では、下ろす現金は何にお使いですかと再び問うのだ。
これは、いろいろ入り用でしてね。
そうですかと何の感情も示さない彼女が、
私の免許証の提示を求めてきた。
これはよくあることではある。
が、次に吐いた言葉に驚いた。
「ちょっとお巡りさんに来て頂くので…」
「うん?」
何を言われているのかよく分からない。
その女性が席を立つ。
と、しばらくして恰幅の良い目つきの鋭い女性が奥から現れた。
この女性は他の行員とは明らかに雰囲気も違えば、
そもそも皆と同じ制服ではなく、
黒の地味なものを纏っている。
この人が、こっちをじろっと見た。
というか、冷淡に睨んでいるようにも思えた。
まあいい。
彼女がこちらへと私たち夫婦を誘導する。
振り返ると、他のお客さんが私たちをジロジロ見ている。
奥さんがなんか感じ悪いわねとつぶやく。
なんだか雰囲気がおかしくなってきたぞ、と私。
銀行のソファがズラッと並んだそのすぐ横、
ついたて一枚の席に私たち夫婦は座らされた。
その間、お茶の一杯もでるでもなく、
手持ちぶさたでまんじりともなく座っていると、
どこから見ても警察官という出で立ちの年輩警察官が現れた。
「どうもどうも」
なんか気安いなぁと思う。
「あのいまね、振り込め詐欺って多いでしょ。
で、こういうことになっているんですけれどね」
「フムフム…」
でですね、と延々と、
自宅の住所やら電話番号やら、
送金先の人物の詳細やらをアレコレと突っ込んで聞いてきて、
いちいちメモっている。
(職務質問ってこんな感じなのかね?)
振り込む理由を明快にこたえると、
警察官はフムフムと考え倦ねている。
まあここまでは、振り込め詐欺の被害を防ごうとして、
皆さん頑張っていらっしゃるなぁと思うことにしたのだ。
が、どうも風向きが変わったのは、
警察官の次の質問からだったのだ。
「ところで、隣にいらっしゃるのは、えっーと奥様?
のご様子ですが…どうでしょう?」
これで、いろいろな謎が解けてきた。
我々が金融詐欺だかなんかしらないが、
そんな犯罪者ではないかと疑われているのだ。
で、このあたりから奥さんがカッかとしてしまい、
あぁもうこれはかなりまずいなぁと思いましたね!
「お巡りさん、ひょっとして私たちがアベック詐欺とでも
思っているのかな?」
こうなると私も腰を据えるしかない。
「いやいやとんでもない!」
気安いお巡りさんが更におどけて、
加速するように、余計に尚も砕けはじめたのだった。
いま何が起きているのか、
察しというか、置かれている立場というか、
そんなものをいち早く察知した奥さんの怒りがおさまらない。
おお、顔が上気している。
「何がふざけているって、ついたて一枚で、
ケーサツが来て散々問い詰められて、
あたし達ってどう見られている訳?」
「なあ…」
私は元来、勘は良いのだが、
ときどき察しが悪いとよく言われたりもするので、
奥さんの様子を見ていて、
そうだ、俺も怒るぞ!
とスイッチを入れることにした。
で、おいおい支店長を呼べよ、
とは思ったのだが、それは言わず、
プンプンしてさっさと店を出ると、
おいしいコーヒーでも飲まないかと奥さんを促す。
と上の件で私たちはグッタリとしてしまい、
後はほぼ使えない一日と相なった訳だが、
一度だけ私が銀行で吠えたのを、
翌日の朝に思い出した。
それは俺の金だぞ!