南洋の幻覚
まだ成田からの直行便がない1970年代の後半。
パラオ・コンチネンタル・ホテルは遠かった。
羽をばたつかせた727が、
グアム、ヤップ、トラック、ポナペの各島を経由、
空の各駅停車で辿り着いたパラオの空港はバラック建てで、
屋根がヤシの葉の平屋。
ここが税関兼ロビーということで、かなり面食らった。
滑走路は珊瑚と貝を砕いたものを敷き詰め、
白くゴツゴツとしていたから、かなり不安だった。
さて、現地のガイドさんが運転する日本製のポンコツで辿り着いた、
イワヤマ湾の絶景を見下ろす丘に建つ同ホテルは、
一応、五つ星ホテルで、すこぶる快適。
フロントとレストランのある大きなメイン棟の他は、
すべて斜面に立ち並ぶコテージで構成され、
インテリアはすべて手作りの籐製。
やたらにデカいベッドとその上を回るシーリングが目を惹いた。
朝のコテージからの眺めは、私としては楽園の感があり、
一度だけワニがひと筋の波を引いて泳ぐのが見えた。
当時、この辺りにくる日本人観光客は希少で、
太平洋戦争で戦死された方たちの遺骨を探すため、
遺骨収集団の方々がここからペレリュー島をめざし、
セスナ機が頭上を飛んで行くのを幾つも確認した。
浅瀬に沈むゼロ戦。
その波間から伸びる竹の棒に、
おびただしい千羽鶴が、南の風に揺れる。
コテージの一室で存分にくつろぐも、
あの鮮やかな折り紙の鶴がアタマを離れない。
そこには空間、そして時代も定まらないような、
酔ったような時が流れていた。
ヨコハマの追想
ホテルニューグランドを右手に、山下公園を左手に、
初夏の気持ちのいい並木道をゆったりと走り抜けると、
正面のみなとの見える丘公園の山裾に張り付くように、
そのホテルはあった。
―バンドホテル―
かなり古めかしいホテル。
なのになんだか敷居が高い。
当時、大学生だった僕は、この通りを好んで使っていた。
その度、このホテルには自分と全く異なる、
いや、凄い金持ちだとか芸能人とか、
そんな人達しか入れないんだと勝手に思っていた。
ある先輩から聞いた話では、
このホテルの中にシェルルームというクラブがあって、
夜ごと有名なミュージシャンが来て派手なパーティーをやっている、
らしい…
そんな先入観があってか、僕は余計に怖じ気づいた覚えがある。
結局、このホテルは90年代の終わりに取り壊され、
現在はMEGAドンキ・ホーテ山下公園店となってる。
(ウンザリ)
最近になって、このホテルが気になり、ちょっと調べてみた。
と、やはり一筋縄ではいかないホテルだったことが判明した。
1.戦争中は、ドイツ軍専用ホテルだった
2.五木ひろしの「よこはま・たそがれ」は、
このバンドホテルが舞台だった
3.シェルルームには、ブレンダ・リー、プラターズなど、
世界の名だたるミュージシャンが出演していた
4.いしだあゆみの「ブルー・ライト・ヨコハマ」のブルーは
シェルルームのネオンサインからヒントを得たと言う
5.バンドホテルが日活映画「霧笛が俺を呼んでいる」のロケ地だった
6.後年は若手のアーティストの場として、ゴダイゴ、桑田佳祐、
尾崎豊などが出演していた
ああ、若気の至り、
はたまた勢いだけで行かなくて良かった、
とつくづく胸をなで下ろした。
この頃、バンドホテルとホテルニューグランドの間の
ちょっと引っ込んだ角に、イタリアンレストラン
「ローマステーション」があって、
当時としてはイタリアン・レストランはめずらしく、
結局、バンドホテルより少し敷居が低いこのレストランで、
僕と彼女は飛び切りのピザをいただいた。
文学の妄想
いるかホテルは正式にはドルフィンホテルと言うらしい。
北海道の札幌にある、という設定。
架空のホテルにしては、行ってみようかなと思わせる辺りが、
村上春樹の凄いところだと思う。
小説「ダンス・ダンス・ダンス」は、
このホテルに滞在してしていた「僕」が、
いるかホテルの夢を見るところから始まる。
×××以下「ダンス・ダンス・ダンス」より転載×××
よくいるかホテルの夢を見る。
夢の中で僕はそこに含まれている。
つまり、ある種の継続的状況として僕はそこに
含まれている。
夢は明らかにそういう継続性を提示している。
夢の中でいるかホテルの形は歪められている。
とても細長いのだ。あまりに細長いので、
それはホテルというよりは屋根のついた長い橋みたいに
みえる。その橋は太古から宇宙の終局まで細長く延びている。
そして僕はそこに含まれている。
そこでは誰かが涙を流している。僕の為に涙を流しているのだ。
ホテルそのものが僕を含んでいる。僕はその鼓動や温もりを
はっきりと感じることができる。
僕は、夢の中では、そのホテルの一部である。
そういう夢だ。
×××以上「ダンス・ダンス・ダンス」より転載×××
いるかホテルがどういうホテルなのか?
最初は表現が観念的に過ぎて、私には全く分からない。
しかし頑張って読み進むと、
かなり具体的にこのホテルの様子が見えてくる。
そして更に読み進むと、
そこにこのホテルの数年後の変貌ぶりが描かれている。
その辺りから作者の意図するところがほんのり理解できてくるのだが、
まだまだ上巻の序の口である。
「ダンス・ダンス・ダンス」は上下刊の大作であるからして、
私も現在進行形にて読書中。
いるかホテルを解明している真っ最中なのである。
村上龍の「ラッフルズ・ホテル」よりは確実に面白そう。
そんな予感がする。
砂漠のかげろう
さて音楽は、イーグルスの「ホテル・カリフォルニア」。
この作品は謎な歌詞が幾つも出てくるので、
そこに多彩な解釈が加わることで、更に魅力が増すこととなる。
ホテルカリフォルニアは、砂漠の中に忽然と現れるホテル。
その正体は、実は刑務所か、精神病院か?
はたまた麻薬の園か?
物質文明への皮肉、
強いてはロック産業への警鐘とも解釈が加わることで、
更に謎は深まる面白い作品。
ギターのアルペジオワークは、かなり聴き応えがある。
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