命のゆらめき

その連絡は唐突にやってきた

僕は取るものも取りあえず車をとばした

初めての病院で右も左も分からず

受付をさがす

患者の名前を告げると

「ICUは別棟の3Fです」

走り出そうとする僕に

―ちょっと待って

この用紙に名前を記入し

この名札を首にぶら下げてください―

そんな余裕がある訳ないだろ!

と怒鳴りそうになるが

努めて息を整え指示に従うことにする

もともと容体はよくなかったが

意識はしっかりしていて

こんな姿でいまは誰にも会いたくないと…

事態は前日の夜半に急変した

後で聞くところによると

医者の体調不良による不在と

看護体制の不備が原因らしい

ああ

若い命がベッドの上で迷っている

どっちへ行こうかと…

それはまるで

頼りない風任せの風船のように映る

いろいろな機器へと管がのび

デジタルの数字がその状態を刻々と表すのだが

あたかも囚われの身でもあるかのように

のべつ幕なしに苦悩の表情を浮かべている

努めて冷静に

僕はそれを凝視しなくてはならない

それは僕の義務である

コイツの幼い頃の表情を思い出すと

時間を飛び越えて

しばし

淡いしあわせの匂いがした

担当医が咳き込んで

なぜか偉そうに容体の説明をするが

その1つひとつが押しつけがましく

所々の言い訳が空々しく響く

本人の意思を聞くべく

危険を冒しても…とのことで

転院の手続きがすすむ

翌日

風の強い今日という日に

淡い命が運ばれる

それは命のゆらめきとはほど遠く

奴の生きる強い意思による

決断に他ならない

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