届く、パーソナル・マーケティング

沖縄地方の特産には、いろいろなものがある。

シークァーサー、サーターアンダギーとか、

チンスコウ、ソーキそば、海ぶどう、そしてもずくなど…

以前は、沖縄の泡盛もよく飲んだ。

残波という泡盛は石垣島のものだが、

これは美味いし、ネーミングが気に入っていた。

残波…リーフで波が砕ける様子が目に浮かぶ。

雰囲気からして美味そうだ。

久米仙という酒もまた、名前良し、味良し。

好きだったな。

沖縄には一度しか行ったことがない。

隣の与論島という島へも行ったが、

ここはサトウキビ畑と珊瑚礁のリーフが美しい。

この島で泡盛を初体験した。

ベロベロに酔ったが、何故か翌朝は爽やかだった。

不思議。で、飯もうまい。

この辺の食い物とか酒はいいね、という印象から、

後年通販を利用していろいろ試したことがある。

あるとき沖縄からウコンのDMが来て、

これはなんだかカラダによさそうと、頼んでみた。

当時は酒ばかり飲んでいたので、ウコンはいいですよと、

確かそんなことが書かれていたので、そうかと…

で、ときは流れて私も酒を飲まなくなり、

こうした特産品も飽きてきた。

が、相変わらず電話がかかってくる。

DMも届く。

これはどこでもよくあることだが、

ここの売り込みはなんというか、

ビジネスチックないやらしさがないのだ。

DMの中身を取り出すと、直筆の手紙が入っている。

印刷かなとよくよく確かめる。

と、直筆である。

うーん、やるな。

で、ふんふん感心していると、頃合い良く、

わざわざ沖縄から電話がかかってくる。

○○さん、お元気ですかとか、

最近おからだの具合は、とかコチラが買う意思がなくても、

嫌みなく話してくれる。

こうなると、次第に私の警戒心も解かれて、

一応話に応じます。

それがマニュアルに沿った話でもなく、

世間話なんかが織り交ぜられていて、

気がつくと沖縄の知り合いの人と話している。

そんな気になってしまう訳です。

要は、アドリブが利いているだけなのだが…

DMの中身一式はというと、あるひとつの流れに沿ったもので、

そのセットに目新しさはない。

が、直筆の手紙というのは、どこも面倒なので避けて通る。

電話にしても、テレマーケティングのテーゼというのがあって、

それに則って話すのが普通。

他はもっと事務的かつエグく、スピーディーである。

そのあたりの違いが、或る効果を生むのだろう。

今回の通販の例は、

まるごとひっくるめて沖縄よりの話。

ビジネスにしては、かなりユルイ。

無駄だらけ。

しかし、しっかり私に届いている。

いまはまるで欲しくないものばかりなのに、

なんか買うものはなかったかなと、

私は再度、DMをながめていた。

ああ、今度はきっと買ってしまうだろうな。

という、快く無駄金を使わせるための、

パーソナル・マーケティングの仕掛け、

なのでありました。

※詐欺まがいの話には、要注意です!

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リラコの夏

たかがステテコなのだが、

もうすっかり廃れていたこのステテコに目を付けたのが、

ユニクロである。

ユニクロは、まずラモスにステテコを履かせ、勝負に出た。

色、柄は、従来のステテコにはないカラフルさを纏い、

外着としてもイケテル感を演出。

ステテコ全然OK! 

そのまま出かけちゃうもんね…という親近感。

このCMを観ていて、私はなんだか嫌な気分になった。

うーん、あれはないなぁ、と。

が、しかしユニクロのCMは巧みである。

気を抜いていると、たまにそうかなと思ってしまうところが、

秀逸なのだ。

私の場合、父がステテコ愛用者であり、

その姿を、幼いながらカッコ悪いなと直感していた。

それはいまも変わらない記憶なので、

どうステテコをリニューアルしようが、

嫌なのである。

で、今日の問題は、リラコである。

とにかく、素敵なモデルの姉ちゃんが、

いきなりステテコなのだ。

この女の子仕様を「リラコ」と呼ぶらしい。

カッコ悪い。

うーん、幾らひいき目にみようとも、変。

CMで新しさ、新鮮さ、斬新さをプッシュすればするほど、

いい加減にアッタマにきてしまった。

が、敵も抜け目ない。

ネーミングもバッチリ、リラコ。

考えているなと。

全く新しい市場の創出である。

廃れたステテコを蘇らせるプロジェクトは、

企画としては、かなりイケテルのだが…

で、そろそろ夏も終わるし、

自分の記憶と共に、

身辺の知り合いに何人か聞いてみた訳。

「リラコはいて歩いている人、みたことある?」

答えは総てノーだった。

で、皆口を揃えていうのが、

「海辺とかにいるんじゃないの」

「部屋着としてはいているのかもね」

というもの。

ちなみに我が家の女性軍は、

全く興味を示していない。

というか、ひと言「変」というものだった。

だよな!

が、ネットで幾つかのキーワードでチェックすると、

売れている、売り切れという言葉が並ぶ。

うーん。

よく分からない。

が、そのブログなどを詳しくチェックしてゆくと、

どうもアフィリの臭いがぷんぷんする。

要は、煽りのようなのだ。

このステテコブームのようなものに、

イオンも負けじと同様に煽っていた。

で、売り場をじっと眺めていたことがあるが、

観察している私が警備員に怪しまれるという事態になり、

よぎなく中止。

うーん、イライラするな。

ステテコって本当のところ、

流行っているのだろうか?

いまでもたまにそのことを思い出すと、

他を忘れて、またステテコに固執してしまう。

参ったな、もう、

夜も眠れませんよ!

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半沢直樹…というゲーム

TVドラマも多々あるが、

いま人気の半沢直樹は、いわば銀行員の内紛ものだ。

ちょっと毛色は違うが、あの仁義なき戦いも、

業界の内紛ものと言えるかも知れない。

が、この両者はある意味対極にある。

仁義なき…は、文字通り仁義がない上に、

暴力あり、飛び道具ありのバイオレンス。

勝つために、手段を選ばないところが、すげぇとなる。

これは例えれば、半沢がボクシングで、

仁義…がリアルな殴り合いというところか。

仁義…は、なんでもあり。

まずは興味に釣られて血湧き肉踊るのだが、

こうしたストーリーは、

何故か徐々に飽きられる傾向にある。

長持ちしないのだ。

華々しくも、徐々に飽きてしまう。

なんでもあり、というのは、

要するにすぐ行くところまで行ってしまうのだ。

思うに、物事はルールがあるから面白い。

ルールがシビアな程、

話はドラマチックな展開を生む。

この端的な例が、サッカーだ。

足のみで、戦うからこそ面白い。

なぜなのかは判然としないが、面白いという事実。

バスケの3秒ルール然り、マラソンの42.195キロ然りだ。

ルールを守る不自由さが、実は人を興奮させる。

いろいろな制約のなかで、如何にパフォーマンスを出せるか?

人は、こうしたルール上での勝者に賞賛をおくる。

話を戻して、

半沢…が何故うけるのか、だが、

それは、物語のなかに強固なルールがあるからだ。

例えば、この話を端っから作り替えて、

途中で半沢を狙う殺しのプロが現れ、

さっさと半沢を片付けてしまうとする。

こうなると、このドラマはどうなるか?

これは、思うにフツーの話に成り下がる。

つまんないストーリーとなり、

そこらにありがちなオチが考えられる。

原因は、それがルール違反だからだ。

いまのところは一応のルールに則って話が展開しているので、

ゲームのようなスリリングな展開が魅了する。

人には、元々ルールをつくろうとするDNAが、

本能的に植え付けられているように思う。

そのルールを破るのが、暴力であり、

行き着くところが戦争というところか。

自然界にもルールがある。

ライオンは、腹が減っている以外は、何も襲おうとしない。

熊でも猿でも同じように振る舞う。

ゲームが面白いか否かはルールで左右されるが、

半沢…は、銀行社会だの、社会的地位、そして世間体とか、

そのキツイルールづくりに成功している。

その上で、「倍返しだ」とか「土下座しろ」とか、

結構古くさい台詞を吐く。

だから、やたら人間臭く、

よくよく考えればあり得ないような話にも係わらず、

そこに現代社会のリアリティーがあるように見えるのだ。

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自分を楽しんでいますか?…の真意

まずは、これを観ていただきたい。↓

夕飯のあと、ほおづえをついて

ぼぉーっとテレビを観ていると、

いきなり「自分を楽しんでいますか?」との問いかけだ。

コマーシャルタイムなので気を抜いていたが、

どうだろうと、思わず自らを振り返ってしまった。

楽しんでいるといえば、そのような気もするし、

面白くもなんともないような気もする。

観れば、髙須クリニックの医院長が、

ヘりでドバイらしき上空を、

自ら操縦桿を握って飛んでいる。

サングラス姿が少しカッコイイ。

乗員は、明らかに向こうのセレブとおぼしき

ターバンを巻いたイケメンと、

あれっ、野村沙知代さんことサッチー?

どうしてそんな所にいるのかなと…

まあそんなことはどうでもいい。

そういえば以前、

髙須さんを特集している番組をちらっと観たことがある。

彼の生い立ちと少年時代からの歴史、

豪華な別荘と仲間たち。

そして印象的なのは、彼のフェイク腹筋だった。

裸になった彼の腹が、格好良く割れている。

その番組から察するに、

生家没落から這い上がった彼の努力と根性は、

賞賛に値する。

で、場所は忘れたが、高級ログハウス風の別荘の庭で、

彼とその仲間たちが、分厚いステーキを旨そうに食っていたが、

それは成功の証として当然だろう。

で、フェイク腹筋だ。

フェイクなので、当然つくりものの腹筋。

一見、彼の全身とのバランスを考えると不自然なのだが、

まあ、中年の出っ腹よりはカッコイイとしておこう。

これが、髙須クリニックの技術だ!

という事なのだろう。

自らを実験台として世間に披露する彼の姿に、

私は感動した(?)

という訳で、髙須さんははなんでもできちゃうのだ。

まあ、美容整形というと、

高そう、痛そうというのが私の感想だが、

世の中、そんな甘いことをほざいている場合じゃない人たちも、

いっぱいいると思われる。

だから、美容整形することで、

冒頭のコピーが活きてくる。

―自分を楽しんでいますか?―

これは、言い換えれば、

自分のことが好きですか?

とも受け取れるし、

自分の容姿に満足していますか?

ともとれる。

美容整形して生まれ変わり、

どんどんポジティブになってください。

そんでもって成功なんかした暁には、

ドバイでも何処へでも行って、

金を垂れ流すような人間になってください。

まずは、自分を楽しんでいるかどうか?

そこを問うているのだろうと。

このメンタリティは私とは相容れないが、

こうした価値観を指示するひとたちも、

この世界にはきっといっぱいいるのだろうと、

想像できる。

あぁ、

それにしても、つまらないことを、

また書いてしまったなぁ。

↑あなたは納得しました?

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ドンキな人たち

先日、訳あって普段は行かないドンキ・ホーテへと、

でかける。

で、そこで約2時間いる事となったのだが、

なんだろ、あの店に集まる人たちに、

ある一定の傾向がある事に気づく。

例えば、真っ白いトレパンに、黒のTシャツ。

短髪に鋭い目つき。

で、首にキンキラしたアクセだ。

私はたまたまその兄さんと目が合った。

と、目を細め、いきなり威嚇を開始だ。

(オメェは、野犬か?)

ひぇー。

闘争心丸出しのこの兄さん、

見たとこ、屋根の瓦職人と踏んだ。

(勝手な想像)

細身なのに筋肉隆々ですからね。

で、しばらくして威嚇を止め、

立ち去る兄さんの背中に、

今度は金色の虎がこっちを睨んでいた。

ゾゾッ!

さて次は、

すげぇ太った30代とおぼしきおばさん姉さん。

パンパンに膨れあがった黒ジャージに、

黒のタンクトップ。

これも凄いボリューム。

カゴに目一杯のポテトチップ他、ジャンクなお菓子を山盛りにして、

前をふらついている小学生位の我が子に、

「ほら、チンタラ歩いてんじゃねえよ!」

とひと吠え。

太っとい腕には、花びららしきタトゥが目一杯に広がっている。

なんだか怖ぇーって、思いましたね。

と、レジで前に並んでいるおっさんの他、

まわりに目を配り、ひと通りガンを飛ばす。

こちらもやる気満々の闘争系。

また、

iPhoneのケースを探していたら、

いました!

金爆っぽい兄ちゃんが、腰パンで、

鎖をじゃらじゃらさせながら、

やたら目を強調させた姉ちゃんの腰に手を回し、

スマフォのケースをいじり回している。

とああ、やっぱりねと思った。

二人は、ヒョウ柄のケースが気に入った様子で、

そこから離れようとしない。

こういうの好きなんだよな、この人たちって。

で、その辺りは、人の渋滞。

が、全く気にしないのが、

この店に集まる人たちの流儀なのか。

ああっと、ぐったりして駐車場へ戻ると、

すっかり夜のとばりが降りている。

で、よくよく観察するに、フツーのクルマが少ないのに気づく。

バリバリにキメた、金色のホィールのセルシオ。

そして、古いクラウンやクレスタなど、

いわゆる旧車といわれるピカピカのシャコタンが、

ざっと5台並んでいる。

軽自動車も様々な工夫を凝らし、

個性を競い合っている。

ピンクの毛足の長いものを敷き詰めたワゴンR。

また、LEDをふんだんに取り付け、夜景のなかで、

ラブホテルのような妖しい光を放つ、

やはり名称不明の軽ワゴン。

で、思ったが、

こういう人たちを引き寄せるドンキの魅力ってなんだろう?

これを幾ら考えても、分からない。

あと、この人たちは、普段どこにいて、

どこから集まってくるのかということだが、

これもまるで推測が立たない。

この傾向は、全国一律なのだろうか?

はたまた、都会の傾向、首都圏の傾向、

いや、地方の特異性なのか。

とにかく、ドンキを好む人たちには、

共通して、古き良き昭和のヤンキー魂が感じられる。

気迫と根性では負けないぜ、の湯気が上っている。

が、気になるのは、

こういう人たちがこんだけ集まる店って、

相当数のトラブルが考えられるが、

そういう話もあまり聞かないな。

そこもついでに分からない。

いまの世の主流は草食系と言いますが、

ことドンキに限り、それは当てはまらない。

皆、ガンガン自己主張しています。

喧嘩上等です。

やられたら、10倍返しの半沢直樹みたいな奴ばかりです。

みんな、日本をなめるなよ!

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検索からみる、コピーライターという職業

私はコピーライターなので、

たまにヤフーなどで「コピーライター」で調べてみる。

と、面白いことが分かる。

私の場合は、このキーワードで検索順位を上げようと努力していないので、

頑張っている人や企業に較べ、断然下の順位をウロウロしている。

で、検索の上位は、コピーライターの就職関係が飛び抜けて多い。

これらはだいたい大型サイトなので、SEOも強力です。

あとは、

コピーライターになるための講座や教室のサイトが上位にくる。

検索の上や横のリィスティング広告を眺めても、

ほぼこれらの企業が占めている。

さて、この状態が何を意味するかだが、

私が考えるに、仕事が欲しいからといって、

コピーライターが、

単体のキーワードで対策を施したところで、

無意味ということ。

何故なら、まず上位の大型サイトには勝てない。

そして、仮に上位に来たところで、

検索してきた人とは、マッチングしないということが考えられる。

要は、コピーライターというキーワードで調べる人は、

おおかた就職とか転職とかを考えている同業種の人が多い。

更に、これからコピーライターをめざし、

講座や教室を探している学生も多いと想像できます。

じゃあ、

コピーライターって仕事はどうやって成り立っているのか?

逆にいえば、どうすればネット上で営業するのかだが、

まず、念頭に置く必要があるのは、

素人さんがホームページなりパンフレットを制作したいとき、

まずコピーライターという単語は発想しないだろう、ということ。

卑下する訳ではないが、コピーライターという職業は、

現在、それほど一般化していません。

例えば、仮にですね、あなたが家を建てるとします。

このとき、ハウスメーカーや工務店、注文住宅 地域名などで、

かなりチェックするとは思いますが、

屋根職人とか壁工事とかでは探さないでしょう?

きっとコピーライターという職業も、

屋根職人や壁の工事をする人と同じような位置でみられている…

私はそのように思うのです。

パンフレット作成とかホームページ制作とか、

もう少し具体的に入れますね。

では? 

そうです。

コピーライターで仕事の匂いのする検索者は、実は同業者なのです。

それが、広告会社であったりコピーライターのいないプロダクションであったり、

それはともかく、いわゆるBtoBが圧倒的に多い。

要は、外注を探しているのですね。

めざすターゲットは、業界内ということがいえるのです。

前述のように、BtoCは、圧倒的に少ないと思われます。

では、BtoB向けにどのようなキーワード選定が最適かというと、

そこが難しいところというか考えどころでありまして、

複合、補足でいろいろ試して調査します。

ここまで話をすすめれば、後はだいたい想像できるとは思うのですが、

私たちの仕事は、一時より一般化していない、

また、広告を担う総力の一端を担当する職種。

そのように思われているようです。

しかし、現場ではかなりの負担と責任を任されている訳で、

その守備範囲は広い。

或る意味、報われない仕事といっても過言ではありません。

先方との折衝、コンセプトの構築、全体のデザインイメージ、

そしてコトバに求められる求心力…

私たちの仕事が、今後どのようにしたら理解されるのか?

どうしたら報われるのか?

それは、

とびっきりのキーワードを探し出すのと同じように、

難問かも知れませんが…

※この記事は弊社ビジネスブログを転載したものです。

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夜の饒舌

常識や思い込み そして哲学が崩れ落ち

神さえ疑わしい日から

幾年 幾月 が過ぎ

やっと

ああそうだ 月って綺麗だなと

窓辺にベッドを移し

文庫本のひとつを手に 和室の灯りを消し

すだれ越しに夜空を見上げれば

平安の時代から変わらないであろう

月あかりは穏やかで

雲が流れる様が

ロマンチックなスクリーンのように

饒舌に

思わず本を置いて

見入っていると

どこからともなく

静かに 静かに

草の音 虫の音と

なんと

平和の音 平安の音

幾重に幾重に

それは夜の指揮者が不在でも

月夜の晩に必ずひらかれる

夜会

こんな世の中だけど

なんだか分からない程に

疲れているけれど

このひととき

この瞬間

平静の瞬きに出会えて 

すべてのなにかが整ったのだろう

それを知り得て 

やっと受けとめることができた

いまは

生きていることのみで

ありがとう ありがとうと

なにに

誰にと

やはり…

神に祈ろうか

相変わらずの、クラウン。

このところ、トヨタのCMを観ていて、

なんか腑に落ちない。

他の人はどうか知らないが、私的にかんに障るというか、

観ていて不愉快になる。

それは、ピンクのクラウンがデビューしたあたりから。

ドラえもん編がスタートだったと思うが、

その頃はまだ良かった。

しかし、たけしが秀吉、キムタクが信長役のCMが始まった頃から、

違和感が出る。

確か千利休役の鶴瓶も出ていたから、

話もでかいが、ギャラだけでも凄いだろう。

さすが、トヨタだ。

スケールが違う。

このシリーズのバージョンは多彩だが、

ひょっこりひょうたん島編では、

3人の偉人?が東北・岩手の海沿いを眺めて、エラソーに話す。

で、キムタクがひょっこりひょうたん島のテーマソングを歌うのだが、

そのヒューマンな歌詞に、この3人が浮いている感じ。

そもそも、生臭い歴史を生き抜いた3人の役柄から、

それは醸し出されるのかも知れない。

こうしてクラウンのCMは、

いろいろなモチーフを使って天下人がロマンを語ってゆくのだが、

CMが新しくなる程に、相変わらずというか、更に偉そうなのだ。

で、今度は松嶋菜々子だ。

彼女が例のピンクのクラウンを運転していると、

後ろから黒塗りのクラウンが追いつき並走する。

秀吉の亡霊のように、

黒いクラウンを運転しているたけしがつぶやく。

「人間は体力が衰えると他の力が欲しくなるんだよ」

「だから男って偉くなりたがるんだ」(松島菜々子)

「でも気がついた。衰えない力もあるって」(たけし)

「まさか愛なんて言わないでしょうね?

いつからそんなハイブリッドな人になっちゃったの。

クラウンみたい」(松島)

「スイマセン」(たけし)

まず、秀吉にもの申す松島は、一体誰なのか?

そこは、実は私はどうでもいいのだが、

きっとたけしにもの言う訳だから、

単純に松島菜々子あたりの大物女優?を充てたのだろう。

で、思い起こすに、

このクラウンのキャンペーンコピーは、

「権力より愛だね」だった。

しかし、私に言わせればこのCMの根底に流れているのは、

欲深い奴のいやらしさだ。

クラウンからは、やはり権力の臭いは消えない。

だって、いまさら愛かよ…

クラウンが生まれ変わったということだが、

実は、それがもはや困難なことを、このCMは教えてくれる。

だから、妙な違和感が残るのだ。

ここで言う、ハイブリッドな人というのは、

実は「権力も愛も、何もかも手に入れたい」という、

そんな人のことを指しているようにも聞こえる。

だから、秀吉なのだ。

なるほど、クラウンなのかと合点がゆく。

繰り返すが、今度のクラウンのコンセプトコピーは、

権力より愛だね

の筈。

しかし、何故このCMがかんに障るのかが、

私はだいぶ後になって分かったのだ。

それは、

クラウンに乗る人が、

実は「権力も愛もすべて欲しい」人と、

本音ではささやいている。

そのようにしか受け取れないのだ。

同類の仕事をしているので、

広告類は割と好意的に観ているつもりだし、

その苦労も分からないでもない。

だからこそ、クラウンのポジションが如何に難しいか、

そこがひしひしと伝わるし、このCMの狙いは良くとも、

戦術でコケているように思える。

だから、相変わらずのクラウン。

実は、なにも変わっちゃいないのではないか、と。

風が見えるか

荒涼とした世界に、カメラを構える男。

緑の豊かな大地ではなく、そこは殺伐とした大地。

風が荒れている。

景色に色がない。

水辺にも、生き物の気配がない。

が、カメラを構える男。

なにをめざして、ここを訪れたのか。

突然ファインダーに、見知らぬ人が映る。

風「ここで何をしている?」

妻夫木「あなたは誰ですか」

風「私は風だ」

遂に風が見えた。

妻夫木「風… 僕はあなたを撮るためにここに来ました」

風「君に私が見えるのか」

山、川、雲。枯れた草地。

あらゆるものにファイダーを向ける。

妻夫木「あなたが見えた気がしました。何千年にも渡る

    あなたと大地の物語が…」

「連作交響詩 「わが祖国」 第2曲 ヴルタヴァ(モルダウ)」が

いちいちさみしくもあり、重厚かつ思索的。

スコットランドの自然は、人を哲学に導くのか。

一眼、ではなく、まさにイチガンが切り拓く新世界なのかも知れない。

10代のとき、カメラマンをめざしたことがある。

以来、ニコン派。

いまさら、キャノンが気になりだした。

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相変わらずの、クラウン。

このところ、トヨタのCMを観ていて、

なんか腑に落ちない。

他の人はどうか知らないが、私的にかんに障るというか、

観ていて不愉快になる。

それは、ピンクのクラウンがデビューしたあたりから。

ドラえもん編がスタートだったと思うが、

その頃はまだ良かった。

しかし、たけしが秀吉、キムタクが信長役のCMが始まった頃から、

違和感が出る。

確か千利休役の鶴瓶も出ていたから、

話もでかいが、ギャラだけでも凄いだろう。

さすが、トヨタだ。

スケールが違う。

このシリーズのバージョンは多彩だが、

ひょっこりひょうたん島編では、

3人の偉人?が東北・岩手の海沿いを眺めて、エラソーに話す。

で、キムタクがひょっこりひょうたん島のテーマソングを歌うのだが、

そのヒューマンな歌詞に、この3人が浮いている感じ。

そもそも、生臭い歴史を生き抜いた3人の役柄から、

それは醸し出されるのかも知れない。

こうしてクラウンのCMは、

いろいろなモチーフを使って天下人がロマンを語ってゆくのだが、

CMが新しくなる程に、相変わらずというか、更に偉そうなのだ。

で、今度は松嶋菜々子だ。

彼女が例のピンクのクラウンを運転していると、

後ろから黒塗りのクラウンが追いつき並走する。

秀吉の亡霊のように、

黒いクラウンを運転しているたけしがつぶやく。

「人間は体力が衰えると他の力が欲しくなるんだよ」

「だから男って偉くなりたがるんだ」(松島菜々子)

「でも気がついた。衰えない力もあるって」(たけし)

「まさか愛なんて言わないでしょうね?

いつからそんなハイブリッドな人になっちゃったの。

クラウンみたい」(松島)

「スイマセン」(たけし)

まず、秀吉にもの申す松島は、一体誰なのか?

そこは、実は私はどうでもいいのだが、

きっとたけしにもの言う訳だから、

単純に松島菜々子あたりの大物女優?を充てたのだろう。

で、思い起こすに、

このクラウンのキャンペーンコピーは、

「権力より愛だね」だった。

しかし、私に言わせればこのCMの根底に流れているのは、

欲深い奴のいやらしさだ。

クラウンからは、やはり権力の臭いは消えない。

だって、いまさら愛かよ…

クラウンが生まれ変わったということだが、

実は、それがもはや困難なことを、このCMは教えてくれる。

だから、妙な違和感が残るのだ。

ここで言う、ハイブリッドな人というのは、

実は「権力も愛も、何もかも手に入れたい」という、

そんな人のことを指しているようにも聞こえる。

だから、秀吉なのだ。

なるほど、クラウンなのかと合点がゆく。

繰り返すが、今度のクラウンのコンセプトコピーは、

権力より愛だね

の筈。

しかし、何故このCMがかんに障るのかが、

私はだいぶ後になって分かったのだ。

それは、

クラウンに乗る人が、

実は「権力も愛もすべて欲しい」人と、

本音ではささやいている。

そのようにしか受け取れないのだ。

同類の仕事をしているので、

広告類は割と好意的に観ているつもりだし、

その苦労も分からないでもない。

だからこそ、クラウンのポジションが如何に難しいか、

そこがひしひしと伝わるし、このCMの狙いは良くとも、

戦術でコケているように思える。

だから、相変わらずのクラウン。

実は、なにも変わっちゃいないのではないか、と。

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