スパンキーの随想

ことばに棘のある日は

気をつけなければ…

邪気が胸の鼓動から

すっと入ってくるからね

楽しいことも辛いことも

うたかた

だから酒があり祭りがあるんだよといつか聞いた

そうだよな

過去を振り返っていろいろ考える

…あれで良かったのかなと

そんなときは自分を褒めてあげる

だってそれしかないじゃないか

久しぶりに酒を口にしたい晩は

疲れているのか いや ほっとしているのか

それでたしなみというものが分かるらしい

海の向こうになにがあるのか

そうして心がざわざわすることが

若いということ

志が舞っているのだ

再び起き上がれないことがある

ときにあきらめることも…

そんな自分を受け入れることも

いいんじゃないかと思う

晴れた日にはそのように

雨の日にはそれなりに

生きていければいいと

思うんだけどね

人は生まれつき

悲しみに満ちていて

そこをどう埋めるかという作業に

私たちは

一生を費やしている

冬のキツツキ

最後の枯れた一葉が

枝を離れる

やがて葉の舞が止まると

静子は足元に目をやり

歩きだした

この町は

むかし愛したことのあるおとこが

暮らしていた

駅に向かう歩道の両脇に

街路樹が整列するように植えられている

そのひとつひとつが

静子に冷たい視線を投げているようで

足は徐々に速まる

初めてこの町を歩いたとき

傍らにそのおとこがいて

公園でもいかないかと

静子を誘った

思えば

あのときも冬だった

まる裸の木々の枝の

しなやかな伸び様が

傾く陽に

濃い影を映していた

そして

誰もいないはずの公園に

コンコンコンと乾いた音が

響き渡る

おとこが公園の奥の木を指さす

大きな楡の木が

豊かな枝を広げ

太い幹に

小さな鳥がしがみついた

盛んに嘴を動かす

静子はじっとそれに見入った

おとこはその鳥の姿に慣れている風で

静子を見て笑っていた

その鳥を

静子は

そのとき初めて見た

ひび割れた模様のその幹に

鳥は幾度も幾度も嘴を突く

木片が飛び散る

それがなんという鳥なのか

なにをしているのかと

静子は思うのだが

深く考えようとはしなかった

そして

それをおとこに

尋ねようともしなかった

マフラーに手を絡め

足速に歩きながら

静子はあのときのことを

考えていた

あのおとこは

私のことを本当に

愛してくれていたのだろうか…

駅前のターミナルの雑踏で

静子はふっと我に返った

駅舎に入ると

暖房と人の熱気で

息苦しさを覚えた

改札を抜け

人の列に流されるように階段を降りながら

もうこの駅には二度と降りないだろうなと

静子は思うのだ

無意識に噛みしめた唇から

少し温んだような血の味がした

写真

返答しない写真に話しかけるって

やっぱり俺もやっているじゃん

でも

こうして話すと

昔のはなし

多いよね

だって

思い出しかないもんな

そうそう

帰りに花買ってきたよ

どう

あまり好きじゃない

そういう顔している

そういえば

ドラマも好きじゃなかったし

つくりばなしは嫌いだって

ニュースとか観ていて

世の中いろんなことがあるよ…

そういつも驚いていた

なあ、おふくろ

つくりばなしじゃなくて

オレ

また遠くへ行くよ

海外

いつも言ってたろ

行くって

大丈夫

いつも心配性だった

おふくろだから

今度は

風になって

ついてこいよ

僕がヒーローだったとき

オレンジの陽だまり

午後の公園

ぽかりと雲が浮かんで

ああ

ここは永遠だね

時間は止まった

僕は銃を置いて

温まった躰をくねらせ

眠りにつく

公園の外では

天地が揺れ

相変わらずミサイルが飛び交い

死者も出ている

ひょっとすると

これは神が見放したのだろうと…

しかし

人は生きるために産まれてきたと信じ

人は死んではいけないと神に教えられ

迷宮のなかで行き場をなくす

だから

僕は夢をみたんだ

そして不思議を手に入れた

僕は死んだ人を復活させ

その人と抱き合う

僕はミサイルを片手で掴み

海へ放り投げる

僕は暴れる大地に四つん這いになり

地の神と話し合う

目を覚ますと

公園はすっかり暗くなってしまい

凍える程に寒く

僕の躰も冷えきって

時は猛烈に動き出していた

もうここは公園ではない

ああ

僕は再び銃を握りしめる

母のこと

ものごとって

すべてはあらかじめ決まっているのだろうか

やはり

奇跡は起きなかった

その絶望のことばをきくと

医師の顔をまじまじと凝視してしまう

果たしてこの人と母は 

私は

どうした巡り合わせ

どんな縁なのかと…

母は

美しく白い顔で横たわり

その眠るような頬にふれると

まだあたたかく

実は生きていて

再びどうしたのと

起きてくるような気がして

緊張の箍が外れると

悲しみが一気に溢れ

母への思いがこみ上げて

揺り起こせば

再び目を覚ますような気もするのに

あぁ

母はきっともうここにはいないんだな…

明け方に病院を出ると

外の空気は凍てついて

吐息は白く流れ

空を見上げると星が瞬き

異様に蒼白い満月が煌々と

立ち尽くす私たちに降り注ぐ

母にありがとう

産んでくれてありがとうございますと

そんなことばを呟いて

そんなことしか考えられず

驚くほどに

心身が脱力して

肩が緩んで

街が目覚める朝近く

私たちはタクシーへと乗り込み

夜明け前に国道を疾走する

その後部座席からウィンドウのガラス越しに

私は

凍れる街の流れる灯りを

スクリーンのように

ただなにも思わず

眺めていた

(去る11月29日の早朝に母が他界致しました。事情を知っている方には
いろいろとご心配をおかけしました。この場を借りお詫び申し上げます)

ラブソング

いつだって僕は

自由だった

思うがままに振る舞い

世界の中心はいつも自分でね

だけど

ホントはずっと孤独だったんだよ

独りだった

そんなとき

すれ違いざまに

君の涙をみたんだ

その憂いた横顔

僕が惹かれないとでも?

孤独のなかに

やがて

君は棲んでくれた

だから僕は思うんだよ

振る舞いなんていうものは

いつだって変更可能だし

僕の自由なんていうものは

どれほどものでもない

だから

ちょっとした違和感なんて

気づかないほどに

分からないくらい

すっと躰に馴染むのさ

ホントは

ずっと誰かを待っていたんだ

ずっとね

それは

僕の自由を捨ててもいいくらいに

ああ

なぜこんな話をするのかって

変なことを言うねって

だからさ

僕はいま君に

こうして告白しているつもり

なんだけどね…

娘よ

恋の悩みに

なにも応えてあげられず

とれたマスカラと黒い涙が

カッコ悪いから拭きなさいと

そんなことしか言えなくて

他の事柄なら

なにを置いてもやるだけやってあげようと

だけど

頭を撫でてあげることくらいしかできないよな

この話は…

いろいろと傷ついて

思い通りにはいかず

おまえは仕事でもいろいろあるだろう

この先

不安もいっぱいだよな

だけど

きっとそういうものなんだよ

世の中は

「おとなになって俺もね…」と言いかけたところで

もう2時だね

寝ろよと

切なさが伝わり

無力だなと

自らに

今更そんなこと分かっているつもりだったけれど

娘よ

私はよく言うだろう

幼い頃から

おまえの笑顔は

それは

まわりも巻き込むほどに素敵だったし

いまのおまえも変わらないよと

笑顔は人を幸せにするんだよ

娘よ

明日の朝

私はこう言うだろう

「おまえならきっと乗り越えるよ」

だって俺の娘だろうと

素っ気ない素振りの内に

いつも守っていてあげたい

抱きしめてあげたいけれど

娘よ

やはり

おまえもおとなになったら

独りでなんとかするんだ

独りで歩きなさいと

私には

それしか言えないけれど…

泣きたいときに泣けないって

悲しいね

なぜなのかと

心のなかをまさぐっても

応えの用意もない

空っぽのセンチメンタルなんだなぁと

オトナになったんだなぁ

いや

オトコだからかなぁと

そうして

なにもみつからないから

とりあえず

今日は笑顔でいようと

思うのだけれど

そんなことを繰り返し

分からない心を置き去りにして

日々が過ぎてゆく

或るとき

膨大な記憶のなかから

ひとつの懐かしい映像が流れて

僕等は

暖かい春の野辺にいて

一面に広がるよもぎを

ひとつひとつ摘んでいて

僕の危なっかしいナイフ使いを見守ってくれるあなたは

とても若くて

健康で

その笑顔は

間違いなく幸せだと

そうして

傍らでしゃがんでいる

あなたの子供である僕も

悩みなく

世界は限りなく小さく

あなたに育てられて

とても嬉しいと

僕はその映像を

名画でも観るように

名作でも読むように

じっとみとれていると

途端に

自己欺瞞は崩れ

積み重ねた面倒な構造が露わになり

僕は日常のすべてを忘れ

そうして

涙がこぼれて…

面倒な人間だね

ややこしい性格だねと

誰かが肩に触れてくれると

涙は

余計にとめどなく

流れるのだ

September(セプテンバー)

海なんか、もう行かないよ

そんなに若くないし…

そうだね、

泳げなくなっているかもね

だけど最近、

若い友達からオーストラリアの海での話を聞いて

それが、気になってね

彼は、パドリングの最中

透明な波しぶきの向こうに

太陽が重なって

その水と光の間を

一瞬

極彩色のエンゼルフィッシュが飛んだのを

見たって

ああ

それは幸せな偶然だね

太陽と海の奇跡なんだろうねって

で僕もムカシの話を

彼にしてみたんだ

さとうきび畑って

ホントに

ざわわ、ざわわっていうのさ

で、波の音を頼りに

背の高いさとうきびをかき分けて行くと

なんていうのかな

絵に描いたような海原が広がっていて

珊瑚礁に泡立った

真っ白いリーフを境に

海は水色から遠く群青に変わり

その上を

一隻の小さな古い漁船が

ぽんぽんぽんと音を立てて

滑っていったのさって

いいですね!

その絵、いいですねって

(だけど

海なんか、もう行かない

そんなに若くないしね)

そういえば

あのサーフショップのオヤジって

たしか還暦を過ぎても

古いロングボードを赤いトライアンフのオープンに乗せて

毎日毎日

海に入っていたよね

ムカシの話だけど…

あのオヤジ

若い頃より筋肉はかなり落ちてしまい

長い白髪が潮焼けしてよけいに目立ったけど

あの茶色い目は

相変わらずどこか少年だったし…

秋だね

いまごろ浜は静かで

今日あたり

風はオフショアだろ?

いい感じに波は荒れていると思うよ

あのコットンのシャツを着て

一応ボードも積んで

ああ そうだね

もう一度

海へ

行ってみようか

海辺のホテルにて

海を見ようと

海辺のホテルに行った

7階の部屋から

窓を開けると

水平線の波の上に

お袋が座っている

目がうつろだな

お袋

どうしたの

お前

あの日約束したのに

来てくれなかったね

さみしかったよ

それで

私はね

遠い所へ行くことになったんだよ

お前

なんできてくれなかったんだよ

お袋を抱き寄せると

あの祭りの太鼓がきこえる

夜店に集まる人の声も

顔をのぞき込むと

瞳のなかに

古びた写真が一枚

置き去りで

よく見ると

お袋の生まれた

わらぶきの家の

軒先に

懐かしいおばあちゃんと

若いお袋と

お袋の姉さんと、

戦争から帰った兄さん

そして学生服の弟と

雪駄を履いた

若い

僕の会ったことのない

お祖父ちゃんらしい人

みんな笑って写っている

家へ帰るよ

私はね

家へ帰る

おまえ

あとはしっかり生きるんだよ

あのね

もう恨んじゃいないよ

世の中には

どうしようもないことも

あるもんだよ

おまえも

体を大事にしなよ

ゆっくり

きょうはゆっくり

寝るんだよ

せっかくホテル

とったんだろ

海に夕焼けが映って

朱に染ると

波も静まり

お袋もいない

今夜も関東一円は晴れだそうで

やがて夜空がまたたく頃

僕はもう

仕事とかニュースとか

世間など

どうでもよくて

早々とぐっすり眠り

明け方の垂れ下がっている月に

起こされた僕の掌に

見覚えのある新勝寺の

身体健全のお守りが

おいてあった