以前のエントリーでも触れたが、
村上春樹の「ダンス・ダンス・ダンス」に登場する
札幌のドルフィンホテルだが、
架空のホテルにしてはこのホテルに関する記述が
ディティールまで精細に描かれているので、
一見実在するかのような錯覚に陥る。
まあ、小説なので上手い嘘といえばそうなのだが、
それにしてもリアリティに満ちている。
ストーリー・テラーとしてこの人が優れているのは
先刻承知しているつもりだが、
まあ、想像でつくりあげるその力量には
いまさらながら驚く。
続いて手にした「海辺のカフカ」で登場するのが、
四国は高松にある「甲村記念図書館」である。
15歳の主人公カフカ君が深夜の高速バスに乗り、
この図書館をめざして家出をするのだが、
やはりここでもルポルタージュの如く、
まるで見てきたような時の流れ、
移動途中の風景などが克明に描かれている。
まあ、このあたりは実際に体験すれば描けるだろうが、
問題はその図書館のようすだ。
甲村記念図書館は実在しないが、
その図書館にまつわる歴史的背景、
図書館で働く人の様子、
更に館内とその庭園の記述に至っては、
ほぼ実在するかの如く、
これでもかというほど丁寧に描かれている。
私はまたも実在する図書館として勘違いしてしまった訳で、
続けざまに騙されたことになる。
村上春樹の描く主人公や登場人物は、
ほぼコンサバティブな人間が多い。
ほどほどの人間関係の距離感。
孤独を愛する。
喰うものはサンドイッチやドーナッツが多く、
主人公はだいたいシャワーで丁寧にカラダを洗い、
入念に歯を磨くことを習慣とし、
都会人にふさわしいファッションを身に付けている。
ブランド的にはアイビー系が多い。
で、音楽は彼の好きなジャズ系から60~70年代の
ポップスあたりをよく聴いている。
もちろんビートルズも。
間違っても演歌や民謡は出てこない。
ダンキンドーナツとか、
乗っているクルマがスバルの4WDとか、
やたらと具体的な実在するものの中に、
この作者はポンと架空のものをつくり、
放り込んだりして、
読者をその気にさせ、彼のつくった世界へと誘う。
この人のエッセイなどを読んでいると、
村上春樹という人間は基本的に真面目であり、
走ることに命を賭けているようなので、
私の心配はあたらないが、
一歩間違ってこういう人が詐欺師にでもなったら
恐ろしいなと勝手に思ってしまう。
まあ、だいたいにおいて物書き、
とりわけフィクション系の人というのは
そもそも詐欺師っぽいと私は睨んでいるのだが、
これも才能のなせる技とでもいうべきか?
いわゆる、良い意味での嘘つきは、
読者を裏切らないし、更に感動させてくれるのだから、
世の中は面白くできているなと…
だって優れた小説家に騙されて、
悪い気はしないでしょ!