やなせたかしさんのこと

中学のときに好きな子ができて、

横浜駅の近くで画詩を一枚買い、

その子にプレゼントした。

画詩には、簡単なイラストに添えて、

こう書かれていた。

あるいちにちが

あった

海を見ていた

ただそれだけの

ことなのに

その日のことを

おぼえている

モノクロの絵が素敵だった。

鉛筆で水平線が簡単に描かれていて、

丘の上に人が立っている。

後ろ姿だけ。

絵も詩もシンプル。

なのに惹かれるものがあった。

やなせたかしというサインがあったが、

私は後年その人のことを知った。

それから遡ること数年、

小学校の校庭で遊んでいたとき、

校内放送から流れた歌が、

ふと耳に留まった。

ぼくらはみんな 生きている
生きているから 歌うんだ
ぼくらはみんな 生きている
生きているから かなしいんだ
手のひらを太陽に すかしてみれば
まっかに流れる ぼくの血潮(ちしお)
ミミズだって オケラだって
アメンボだって
みんな みんな生きているんだ
友だちなんだ

言われるとおり、太陽に向かって手をかざしてみると、

確かに手が透けるように赤く見えた。

ミミズも友達という歌詞が不思議に思えた。

父親になって、

子供たちの付き合いで、

テレビでアンパンマンをずっと観ていた。

バイキンマンとドキンちゃんがいつも悪役なのだが、

どこか憎めないキャラクターだった。

アンパンマンが雨に濡れると、

正義の味方なのにヘナヘナになっていた。

人気の秘密が、少し分かったような気がした。

やなせたかしさんの名が世に出て、

本格的に活躍し始めたのは、60代からだと言う。

彼の本を数冊持っていて、

そのなかに印象深いものがある。

「僕のように、

あまり才能に恵まれていない者は

ゆっくり走ればいい。

『あきらめるな!』と自分を叱咤しながら

目の前1メートルぐらいの地面を見て

走り続けるというやり方です」

「悲しいとき、絶望しそうになったとき、

握り拳をつくってみてください。

そして、握り拳で涙を拭くのです。

そうすれば、もう一度生きてみよう、と

立ち直ろうとする自分が、

涙のなかから生まれてくるのです。」

『やなせたかし 明日をひらく言葉』(PHP研究所 刊)

私のなかで、

やなせたかしと言う人は、

漫画家である前に、

詩人であり、

凡人が生きるに値することを教えてくれた、

先生のような人だった。

謹んでご冥福をお祈り申し上げます

合掌

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