「19才の旅」No.3

 

船上の旅から3日目の朝だったと思う。

船内にアナウンスが流れた。

そろそろ目的地じゃないかと丸山がつぶやく。

 

船室からまあるい窓をのぞくと、

そこにはいままで見たこともない、

吸い込まれるようなきらきらとした海と空が、

まるで映画のワンシーンのように映し出されていた。

 

窓いっぱいに広がる、うまれて初めて見る

サファイア・ブルー。

それはボクたちがいままでみたこともない、

異国のような夏の海辺の景色だった。

 

沖縄がアメリカから返還された翌年、

僕たちはいち早く沖縄にでかけた訳だ。

 

車の通行はまだアメリカと同じ右側通行で、

街の中心にある国際通りを歩いていると、

聞き取れない言葉が飛び交っていた。

 

後年になって気づいたことだが、

この頃の沖縄は、タイのバンコクに

とても似ているような気がした。

 

当時のホテルといえば、

那覇の「都ホテル」くらいしかなかったように

記憶している。

そしてその「都ホテル」がボクらの宿だった。

船旅で一緒だった彼らも、

同じホテルに宿泊している。

 

ライトアップされたプール。

その四隅にはたいまつが焚かれ、

海からの強い風に大きな炎が揺れていた。

 

1973年、夏。

 

沖縄到着の第一日目は、

オリオンビールで南国の夜を満喫した。

 

翌日はひめゆりの塔へ出かけ、

島のおばあさんから戦争の話を聞かされる。

 

それは、申し訳のないほどに、

聞けば聞くほど非日常的な気がした。

話はとても悲惨な出来事ばかりなのに、

どこか自分の体験や生活からかけ離れすぎていて、

どうしても身体に馴染んでこないのだ。

 

おばあさんが話すことは、

ここ沖縄の人たちの肉親や知り合いや、

皆が実際に体験した事柄だ。

なのに、リアリティーがない。

その驚くほどのリアリティーのなさが、

かえって後々の記憶として残る。

 

それは、後年になって自分なりに

いろいろなものごとを知り、触れるにつれ、

不思議なほど妙なリアリティーをもって、

我が身に迫ってきたのだから。

 

そんな予兆のかけらを、

ボクは後年、グアム島とトラック諸島のヤップ島で、

体験することとなる。

 

(続く)

 

 

「19才の旅」No.2

 

やっと掴んだ「旅という逃げ場」で、

ボクらは出ばなをくじかれていた。

 

5,500トンという当時では大型の客船、新・さくら丸。

この船に意気揚々と乗り込んだのはいいが、

ボクらはのっけからその客室A-Bという

ごくスタンダードな部屋のベッドで、

頭痛と吐き気に耐えることとなった。

 

人生初の船酔いは、思ったより重症だった。

ボクは考えることをあきらめた。

(将来のことなど知ったことか!)

 

ひどい目眩がしてきたので、

ここはやはり寝るしかなさそうだ。

布団を被って、目をつむる。

 

時間はどのくらい過ぎたのか。

いつしかボクは寝ることに成功していた。

 

結局ボクらは、朝まで全く何も話せなかった。

そんな余裕などあるハズもなかったのだが。

 

翌朝、なんとか立ち直ったふたりは、

昨日の反省から決めごとをつくった。

 

・アルコール禁止

・デッキに出たらとにかく近くの波を見ない

・船の揺れに逆らわない

・遠くの景色や空だけを眺める

 

浅知恵にしては、以後、酔うこともなく、

この船旅は快適なものとなった。

 

同じ船旅をしている幾つかのグループとも仲良くなれた。

東京から参加した年上の男性ふたり組。

そして東京から来たという同年代とおぼしき3人の女性グループ。

横浜組のボクたちも加わり、なかなか面白いグループができた。

 

7人は不思議と気が合う人ばかりで、

船内ではよく行動を共にした。

 

デッキでバカ騒ぎをしたり、

ラウンジではカップヌードルを食べながら、

みんなでコーラで乾杯をして、

どうでもいい話題で盛り上がっていた。

 

後、東京から参加した年上の男性ふたり組とは、

何年か手紙のやり取りをした。

特に、「イガちゃん」と呼ばれていた人とボクは懇意になり、

船上で、人生の先輩としていろいろな話をしてくれた。

 

彼は長距離トラックのドライバーで、

角刈りでいつも真っ白いBVDのTシャツを着ていた。

日焼けして顔の彫りが深く、口数は少ない。

が、笑うととてもかっこいい笑顔になった。

 

ボクが何気なく、

ちょっと将来に不安があるようなことを

口走ったことがきっかけで、

彼はポツポツと自らの青春を話してくれた。

 

ボクは、イガちゃんが聞かせてくれた

幾つかの体験話に心を惹かれた。

そしていつの間にか、

自分が深く悩んでいたことさえ、

忘れかけようとしていた。

 

彼はとても知的で、

深い洞察をする人だった。

ただ高学歴だけのつまらないインテリとは違い、

ことばに、体験した重みと説得力のようなものがあった。

 

彼はよく気難しい表情で遠くを眺めていた。

それはとても印象的なショットとして、

ボクのアタマのなかで映像化された。

 

イガちゃんのもう一人の相棒は、

身体がでかくて色白でぽっちゃりとした好男子。

アパレル関連で働き、連日帰宅は深夜で、

いい加減疲れたとよくこぼしていた。

彼の名はもう忘れたが、女性あさりはなかなかのもので、

まあそういう人だったが、

このふたりがなぜ親友なのかは謎だった。

 

それにしても旅は不思議なことの連続だと思った。

あの夏、7人はあの船に偶然乗り合わせた。

そして思いがけなくも、皆は波長が合い、

かけがえのない時間を共有することができたのだから。

 

あれから永い年月が経過したが、

あの船上での輝くような時間は、

もう二度と訪れない。

 

旅って、きっとそういうものなのだろう。

 

旅は、偶然がもたらす化学変化だ。

だから、人はときとして旅立つのだ。

 

暑いあの夏。

ボクらはつい数日前まで、

夢をなくして路頭に迷っていた。

が、なんとか旅へでかけるという行動に出た。

 

そしてボクのなかの、丸山のなかの何かが、

めまぐるしく活動を開始したのだ。

(続く)

 

 

 

「19才の旅」 No.1

 

東京・竹芝さん橋で、新・さくら丸に

親友の丸山と乗船した。

ふたりとも、船旅は初めてだ。

 

船は、本州に沿って航行を続けるという。

360度、どこを見ても海というのは、

とても新鮮な体験だった。

が、伊豆大島を過ぎ、三河湾あたりで

そろそろ海の景色にも飽きてきた。

 

デッキで潮風にあたりながら、

ずっとビールをラッパ飲みしていたので、

少し吐き気を催してきたみたいだ。

 

初めての船酔い。

 

ボクと丸山は船室に戻って、ベッドに横になった。

そこで、ボクは吐き気を抑えながら、

必死で何かを考えようとしていた。

丸山もきっとそうだったと思う。

 

(この先、ボクはどこへ行こうとしているんだろう?

いったい、ボクは何をめざしているのだろう?)

 

その問いは、この船旅ではなく、

自分のこれからの身の振り方だった。

 

この頃、ボクたちは自身でもイラつくほどに、

自分のことが分からなくなっていた。

そして日々、迷ってばかりいたのだ。

 

ボクは、大学の付属校へ通っていたにもかかわらず、

カメラマンになるのが夢だったので、

大学への進学は2年の秋ごろから辞退していた。

が、その意思を学校へ提出した後で分かったことなのだが、

カメラマンになるには、それなりの高い学費と、

高額なカメラ機材を買う費用、

そして自宅に現像室を設置しなくてはならなかった。

 

何をやるにも事前の準備不足が、

ボクの欠点だった。

 

そのことを一応両親に話してはみたが、

予想どおりの回答が返ってきた。

父は母にこう話したそうだ。

「あんな極道息子に出す金はない」

 

この文句は、ボクも予想していた。

当然といえば当然の報いとも言える。

なにしろ、高校時代のボクに、

褒められたところは、ひとつもないのだから。

 

一年で吹奏楽の部活をやめてしまったボクは、

地元の友達といつも街をふらふらとしていたし、

そうした仲間と酒を飲み、タバコをふかし、

ディスコで朝まで踊ったりしていたのだ。

 

一応、なんとか高校は卒業したものの、

まともな就職もあきらめて、

いろいろなバイトで生計を立てていたが、

空虚な毎日で、行き場をなくしていた。

 

一方、中学で同級生だった丸山も、

家の事情で普通高校をあきらめ、

自衛隊の少年工科学校の寄宿舎へ入ったものの、

キツい学業と訓練に明け暮れた毎日に嫌気が差し、

バイク事故でケガをして入院したことも重なり、

学校を中退し、疲れ果てていた。

 

やはりボクと同様、鬱屈した毎日を送っていた。

 

ヒマで退屈なあの夏。

 

ボクは、永遠にどこまでも、

何の目的も希望もない毎日が続くのではないか、

という恐怖に幾度も襲われた。

 

その夏は、とにかく24時間がとても長く、

朝も昼も夜もつねに憂鬱だった。

 

汗が止めどなく流れる、とても暑い夏。

ボクは丸山のアパートで過ごす日が多くなった。

 

しかし、お互いに何もすることがなかった。

そんな日が幾日も続いた。

 

ふたりはあたりが暗くなると、

だるい身体を引きづるように、

連れだって近所の居酒屋へでかけた。

 

そこで安いアルコールを飲み、

酔いがまわってくると、

ふたりは真剣な顔つきになってしまうのだ。

 

「俺たちは一体なにものなのか、

この先、何がしたいのか?」

 

そんな全く結論の出ない議論のようなものを、

延々としていたのだ。

 

当然、出口のようなものはみつからない。

それは、まるで明日へと繋がる時間が、

完全に閉ざされたような失望感を伴っていた。

 

そんなやるせない毎日が続いた。

 

相変わらず強い陽が照りつける或る日の夕方、

ボクと丸山はいつものように、

近所の商店街をだらだらと歩いていた。

と、新しいビルの一階に、

オープンしたばかりの旅行代理店が目に入った。

 

通りから眺めるガラスのウィンドウには、

北海道3泊○万○千円~とかアメリカ横断7日○○万~とか

いろいろな手書きの紙がペタペタと貼ってある。

そのチラシのような張り紙を、

ふたりでぼおっーと眺めていた。

 

何の興味も湧かないのだが、

ふたりはなにしろ暇なので、

その張り紙を隅から読み始めた。

が、時間がどのくらいか経過した頃、

ボクのアタマに何かがひらめいたのだ。

 

丸山をのぞくと、

彼の横顔にも同様の表情が見て取れた。

 

ふたりは、その小さな店舗のガラス扉を開け、

相手の説明もたいして聞かないまま、

沖縄行きの予約をした。

 

店を出ると、陽はとっくに暮れていた。

相変わらず熱気が身体にまとわりついて、

また汗が噴き出す。

 

ボクらは商店街を再び歩き出すのだが、

それは自分たちでも驚くほど軽快な足取りだった。

 

その日を境に、ボクたちの気持ちに、

ある変化が生じていた。

(続く)

天国への階段

初めてその夢をみたのは、

確か20代の頃だったように思う。

その後、幾度となくおなじ夢をみた。

その風景に何の意味があるのだろうかと

その都度、考え込んだ。

それとも何かの警告なのか?

 

30代のあるとき、友人と箱根に出かけ、

あちこちをクルマで走り回っていた。

心地のいい陽気。日射しの降り注ぐ日。

季節は春だった。

 

ワインディングロードを走り抜ける。

爽快だった。

が、カーブに差し掛かったとき、

私はこころのなかで「あっ」と叫んだ。

 

そのカーブの先にみえる風景が、

私が夢でみるものと酷似していたからだ。

 

夢のなかで私は、

アスファルトの道をてくてくと歩いている。

どこかの山の中腹あたりの道路らしい。

それがどこの山なのか、そんなことは考えてもいない。

行く先に何があるのかも分からない。

 

陽ざしがとても強くて、暑い。

しかし不思議なことに、全く汗をかいていない。

疲れているという風にも感じない。

 

カーブの先の道の両脇には、

或る一定の間隔で木が植えてある。

その木はどれも背が低くて、

幹が白く乾いている。

太い枝には葉が一枚もない。

 

そのアスファルトの道が、

どこまでも延々と続いていることを、

どうやら私は知っているようなのだ。

 

夢でみた風景が箱根の道ではないことは、

その暑さやとても乾いた空気からも判断できた。

現に箱根のその風景は、

あっという間に旺盛な緑の風景に変わっていたからだ。

 

しかし、それにしても夢でみた景色とそっくりなのが、

不思議でならなかった。

 

夢のなかのその風景は、

メキシコの高地の道路のような気もするし、

南米大陸のどこかの道なのかも知れないと、

あれやこれやと想像をめぐらすのだが、

私が知った風景ではないことは確かだった。

 

つい最近も、仕事の合間のうたた寝の際、

夢の中にその風景が現れた。

 

立ち枯れた木がずっと続くその道の先は、

きっとその山の頂上に続いているのだろうと、

ようやくこのとき私は想像したのだった。

 

酷似した箱根のあの道の先には、

瀟洒なホテルが建っている。

夢に出てくる景色ととても似てはいるが、

やはり違う。

 

ただ、現実にみたその景色が、

私のなかの何かを呼び出したことは、

確かなことなのだ。

 

そこに意味があるように思えた。

「あなたがみた夢を決して忘れないように」と。

 

夢のなかでは、怖さも辛さも感じない。

とても強い陽ざし。

暑さと乾燥した空気。

あたりに風は一切吹いていない。

それは異国のようでもあり、

とても穏やかで静かな時間だった。

 

覚醒した私は思った。

 

頂上にたどり着いた私は、

やがて、空へと続く一本の階段を発見する。

そして、誘われるように、

その階段をテクテクと昇ってゆくのだろうと。

 

もちろん、その階段は天国まで続いている。

 

どすこい桃太郎の大冒険

 

桃からうまれた桃太郎は、

おじいさん、おばあさんにとてもかわいがられたのは良いが、

その度合いが過ぎたのか、わがままな少年に育ってしまった。

 

年をとったふたりの畑仕事や焚き木とりもいっさい手伝わない。

で、村の悪仲間のキジ夫やワン次郎と、

山のなかで一日じゅう相撲ばかりとって遊んでいた。

 

その頃、村に鬼があらわれた。

そして、年ごろの娘を次々にさらっていってしまった。

 

村人たちが集まって、緊急会議がひらかれた。

この村は年寄りばかりで、話は行き詰まる。

が、なんとしても娘たちを救わねばと、

一同は知恵を絞った。

 

そして腕っぷしの強い桃太郎の名が幾度かささやかれた。

 

家に戻ったおじいさんがその話を桃太郎に伝えると、

「鬼退治だって? そんな奴知らねえし…」と

むげもない返事が返ってきた。

 

「だけど桃太郎や、あの村のはずれの鶴さんとこの娘さんも

昨日の夕方から行方知れずなんだそうだ」

 

それをきいた桃太郎は驚いて顔をあげた。

「ええっっっ、ゆきちゃんがいない?

みつからないのか?」

 

「そういうこった。困ったこまった」

 

おじいさんが話している最中なのに、

既に桃太郎は家を飛び出し、

村の裏山へと走っていた。

 

猿仙人のすむ山奥の掘っ立て小屋まで半時、

桃太郎は全力で走った。

 

掘っ立て小屋の前で、

猿仙人は横の川で獲れたばかりのイワナを焼いていた。

 

「おお桃太郎、久しぶりじゃなぁ、これ食うか?

それとも相撲の奥義でも学びにきたか?」

 

「猿仙人さま、村でとんでもねえことが起きているらしいんだ。

ゆきちゃんがゆきちゃんが…」

 

桃太郎が泣きじゃくっている。

 

「ゆきちゃんがどうしたんじゃ?

あの娘はたしかお前と所帯をもつ約束をしたときいていたが…」

 

「そのゆきちゃんが鬼に鬼に…」

 

猿仙人はことの次第を知ると、

夜どおし桃太郎に激しい稽古をつけ、

相撲の奥義を伝授した。

 

そしてヘトヘトになりながらも

夜明けに村へ戻った桃太郎は、

悪仲間のキジ夫やワン次郎をたたき起こし、

鬼がすむという鬼ヶ島をめざすことにした。

 

道を急ぐ三人。

 

桃太郎がゼイゼイしながら口を開いた。

 

「キジ夫、鬼ヶ島ってどこにあるか知ってるか?」

 

「チョロいっすよ、この道を一日歩き続けると

あの山の峰のてっぺんあたりに着くっす。

そこから海がみえたら、

青々と木の生えた島がひとつぽかんと浮かんでいて、

それが鬼ヶ島って話っすよ」

 

「お前よく知っているな?」

「地理、誰にも負けないっす」

 

「桃太郎さん、これ!」

ワン次郎がさっきからワンワンとうるさく

何かを突き出していた。

 

「なんだよその包みは?」

ワン次郎が風呂敷を広げると、

なかにはおいしそうなきび団子が

びっしりと詰まって入っているではないか。

 

「おおワン次郎、すごいぞ! うまそうだ」

 

「話をきいて母ちゃんが急いでつくってくれてたっすよ」

 

一日じゅう山道を歩き続けた三人は、腹ぺこ。

 

やっと峠にさしかかり、そこから

確かに鬼ヶ島があることを確認した三人は、

切り株に腰をおろしてきび団子を一気にたいらげた。

 

さて、

キジ夫は腰に刀を差している。

相撲はからきし弱いが、もともと武家の出である。

 

あるとき一族のひとりが不始末を起こしてしまい、

家が落ちぶれて村にやってきたのだ。

が、剣術だけは心得ていた。

 

ワン次郎というとなんの特技もないのだが、

怒り出すとウウウッとうなりながら

噛みつくクセがある。

その噛みつきが痛いのなんのって。

 

そんな訳でワン次郎は怒りさえすれば、

すごく強い見方になってくれる。

 

陽が沈む頃、

浜で即席で組んだイカダを漕いで、

三人は鬼ヶ島をめざした。

 

三人が島に着く頃、

鬼ヶ島では酒宴の真っ最中だった。

 

村でさらった娘たちを木につるして火を囲み、

それを眺めながら鬼たちがベロベロに酔っ払っていた。

 

木の陰からそのようすをみたワン次郎が

ウウウッと唸った。

 

鬼の形相になったキジ夫が刀を抜いて、

刃をギラギラさせている。

 

そして、いつ後を着いてきたのか、

どうやってここまで来たのか、

猿仙人が白装束姿で立っているではないか。

アタマには、ロウソクまで立てている。

 

「わしも加勢しようぞ、一世一代の鬼退治じゃ!」

 

「おお、仙人さままで来てくださるとは!」

 

桃太郎は、感激で涙と鼻水がどっとあふれた。

 

そして鬼たちのようすを見計らい、

桃太郎が気勢をあげた。

 

「鬼たちをやっっけてやる、みんな行くぞ!!!」

 

 

ベロベロに酔っ払った鬼たちを、

キジ夫の剣が次々に切りつけた。

 

猿仙人はというと、大きな鬼を軽々と投げ飛ばしている。

 

その後をワン次郎が足といわず手といわず

ところ構わず鬼にかみつく。

 

その鬼たちを一匹づつ、

桃太郎が火のなかに投げ込んでいった。

 

それをみていた村の娘たちから、

感激なのか恐怖からなのか、

ギャーギャーと叫び声が島にこだまする。

 

炎が大きく舞い上がり、

鬼を焼く煙がモーレツな勢いで煙幕をはった。

 

そして島は巨大なバーベキュー場と化した。

 

 

鬼をひとり残らず退治した四人は、

吊された娘たちの縄をほどき、

島の木々に火を放った。

 

そしてイカダを3往復させて島を離れたのだった。

 

 

元きた峠まで戻った一行は、

丸焦げになった鬼ヶ島を遠くに眺めながら、

食べ残した鬼のバーベキュー肉を切り株に広げ、

皆で舌鼓をうった。

 

そして村には再び平和が戻った。

 

桃太郎はゆきちゃんと所帯をもち、

年老いたおじいさんやおばあさんに代わり、

畑仕事や焚き木とりに精を出すようになった。

 

相変わらずキジ夫やワン次郎と、

相撲稽古は続いてはいるが…

 

という訳で、めでたしめでたし

 

○○恐怖症がつくりだす妄想がヤバい!

 

視界のひらける場所に悪いところはない。

個人的な見解だけどね。

山のてっぺん、大海原をのぞむ見晴台。

飛行機の窓から眺めるサンセット。

ね、なんかいいでしょ?

 

反対に、谷底とか窪地とか洞穴とか地下施設とか、

そういう場所が僕はぜんぜん好きじゃない。

まあ嫌いですね。

いや、恐怖さえ感じることもある。

 

最近、あそこだけは通りたくないなと感じたところは、

東京湾アクアライン&海ほたる。

ま、ひとことで言うと信用ならないトンネル&パーキングだ。

一応、自分がクルマでアクアラインを走る想定で、

リアルにイメージしてみた。

 

うん、クルマがどんどん進むにつれ、下り勾配になってゆく。

おお、海の深いところを走っているらしい。

まわりを見るとキレイな照明がキラキラと輝いている。

トンネルの中は明るくて地上の真昼のようだ。

なかなかいいじゃないか。

快適なドライブだなぁ。

 

ある箇所を通過するとき、トンネルの壁にシミのようなものが、

ふと目にとまった。

なんだろうなぁ、こんなピカピカのトンネルなのに…

まあいいや。

時速70キロで僕のクーペは快適に走っているし。

 

あれっ、またシミのようなものをみつけた。

そのシミは徐々に数を増し、

やがてトンネルの天井あたりから、

ポツポツと水滴が落ちてくるようになった。

 

その水滴は徐々に頻繁となり、

僕はやがてワイパーを動かすことにした。

おや、前方でクルマが渋滞しているぞ。

減速して近づくと、数人がクルマから降りて、

右往左往しているではないか。

僕もクルマを止めて表にでる。

 

と、誰かの叫んでいる声が聞こえた。

「この先でトンネルが崩落しているらしい、

緊急電話はどこだ!」

「なんだって!」

突然、僕の背中が硬直するのがわかった。

さらに、その後ろから走ってきたご婦人ドライバーが、

甲高い声でこう叫んだのだ。

「もうこの先は完全に水没しているわよ。

水がどんどんこっちに押しよせてきているのよ」

そのご婦人の足下は、すでに水に浸っていた。

僕とうしろを走っていたドライバーは

反射的にいまきたトンルネを戻って走り始めた。

大勢の人間たちもわあわあ言いながら、

いま来たトンネルを走り始めたのだ。

 

しかし、そちらからも轟音が響いている。

そして勢いづいた怒濤のような水が…

 

わあ…

○○恐怖症の僕が考えると、

あの楽しいであろうアクアライン&海ほたるも、

こんな悲惨な結末になってしまう訳。

 

さて次回は、

僕もたまに必死で乗っている地下鉄新宿線の

壮絶パニックストーリーについてお話しますね。

はぁ、いい加減にしろってとこですかね。

 

話は冒頭に戻るけれど、

視界のひらける場所に悪いところはないと

僕は常々思っている。

山のてっぺん、大海原を望む見晴台。

飛行機の窓から眺めるサンセット。

 

ね、○○恐怖症の妄想だけど、

こうした話の後だと、

視界の良いところって

なんかいいイメージでしょ?

 

新月

 

新月の夜に

願いごとをすると叶う

そんな習わし

昔からの言い伝え

 

それはなぜ…

意味など導き出せない

 

とりあえずは願いごとを紙に書いて

すっと夜の窓辺へと差し出してみる

 

もっと楽な仕事がみつかりますように

別れてしまった妻が戻りますように

 

つまらない望みごと

だけどなにかいい予感がするなぁ

ちょっと嬉しい気になっている

 

願いごとをするとはそういうことなのか

 

見上げると夜空は漆黒かつ寒々しく

今夜は星さえでていない

 

月は明らかにそっぽを向いている

いや 宇宙の果てなどへでかけて

留守にしているに決まっている

 

この闇夜に乗じたのか

家のまわりを狐がうろつく

異様に光る複数の目

よそ者はかえれと警告している

しまいに雨さえ降ってきて

 

ああ そろそろ町へ下ろうか

 

 

うたがある

 

深夜の絶望というものは、

ほぼ手の施しようがない。

たとえそれが、限定的な絶望だとしても…

 

陽平はそういう類のものを

なるべく避けるようにしている。

「夜は寝るに限る」

そして昼間にアレコレと悩む。

いずれロクな結論が出ないにしろ、である。

 

意識すれば避けられる絶望もあるのだ。

 

70年代の或る冬の夜、陽平はあることから

絶望というものを初めて味わうこととなる。

 

高校生だった。

それは彼と彼の父親との、

全く相容れない性格の違いからくる、

日々のいさかいであり、

付き合っていた彼女から

ある日とつぜん告げられた別離であり、

将来に対する不安も重なり、

陽平の心の中でそれらが複雑に絡み合っていた。

 

根深い悩みが複数重なると、

ひとは絶望してしまうのだろう。

絶望はいとも簡単に近づいてきた。

ひとの様子を、ずっと以前から

観察していたかのように。

 

ときは深夜、

いや朝方だったのかも知れない。

ともかく、絶望はやってきたのだ。

 

陽平にとっては初めての経験だった。

彼は酒屋で買ったウィスキーを、

夕刻からずっと飲んでいた。

母親には頭痛がすると言って、

夕食も食べず、ずっと二階の自室にこもっていた。

 

机の横の棚に置いたラジオから、

次々とヒット曲が流れている。

ディスクジョッキーがリスナーのハガキを読み上げ、

そのリクエストに応えるラジオ番組だ。

 

どれも陳腐な歌だった。

そのときは、彼にはそのように聞こえた。

 

夜半、耐え切れなくなった陽平は、

立ち上がると突然、

ウィスキーグラスを机に放り投げた。

そして、荒ぶった勢いで、

ガタガタと煮立っている石油ストーブの上のヤカンを、

おもむろに窓の外へ放り投げた。

 

冬の張り詰めた空気のなかを、

ヤカンはキラッと光を帯び、

蒸気は放物線を描いた。

そして一階の庭の暗闇に消えた。

 

ガチャンという音が聞こえた。

程なく辺りは元の静寂に戻った。

親は気づいていないようだった。

 

手に火傷を負った。

真っ赤に膨れ上がっている手を押さえながら、

陽平はベッドにうつ伏せになって、

痛みをこらえて目をつむった。

 

ひとは絶望に陥ると

自ら逃げ道を閉ざしてしまう。

そして、退路のない鬱屈した場所で、

動けなくなる。

 

絶望は質の悪い病に似ている。

もうお前は治癒しないと、背後でささやく。

お前にもう逃げ場はない、と告げてくる。

 

絶望はひとの弱い箇所を心得ている。

それはまるで疫病神のしわざのようだった。

 

がしかし、不思議なことは起こるものなのだ。

 

そのときラジオから流れてくる或る曲が、

陽平の気を、不意に逸らせてくれたのだ。

不思議な魅力を放つメロディライン。

彼は瞬間、聴き入っていた。

気づくと、絶望は驚くほど素早く去っていた。

それは魔法のようだったと、彼は記憶している。

 

窓の外に少しの明るさがみえた。

あちこちで鳥が鳴いている。

彼は我に返り、

わずかだがそのまま眠りについた。

そして目覚めると早々に顔を洗い、

手に火傷の薬を塗って包帯を巻き、

母のつくってくれた朝食をとり、

駅へと向かった。

そういえば、母は包帯のことを何も聞かなかったと、

陽平は思った。

 

高校の教室では、

何人かが例の深夜放送の話をしていた。

「あの曲、いいよなぁ」

「オレも同感、いままで聴いたことがないね」

 

当然のように、陽平もその会話に混じることにした。

 

最近になって陽平はその曲をよく聴くようになった。

もっともいまでは、極めて冷静に聴いている。

 

過去に起きたあの幻のような一瞬に、

このうたが流れていた…

 

陽平はそのことをよく思い出すのだが、

なぜか他人事のように、

つい遠い目をしてしまうのだ。

 

 

イエロー・サブマリン

 

少年はいつも独りだった。

小学校では、休み時間になると

みんなが教室の一カ所に集まって、

ワイワイはしゃいでいる。

少年はそれが苦手だった。

 

みんなの脇をそっとすり抜けて、

校門を出ると、少年はほっとした。

いつものように少年は家に戻って、

プラモデルづくりに熱中した。

 

いまつくっているのは潜水艦サブマリンだ。

黄色い船体はだいたい組み上がった。

あとはスクリューを付ければ完成だ。

 

2日後、少年はサブマリンを手に、

近くの公園にある池にでかけた。

池はかなりの広さで、鯉や鮒が

ときどき顔を出した。

 

池の水は濃い緑色をしている。

少年が水辺にしゃがんで、

サブマリンのスイッチを入れると、

スクリューがブーンとうなった。

それをそっと水中で手放す。

 

サブマリンの黄色い船体が、

みるみる沈んでゆく。

黄色い船体はやがて緑色の水のなかに消えた。

 

サブマリンを初めて模型店でみたとき、

少年はこれだと思った。

いままで戦車ばかりつくっていたが、

飽きがきていた頃だった。

ヨットや戦艦もつくってこの池に浮かべたが、

なにか物足りないものがあった。

 

模型店のおじさんが潜水艦の説明をしてくれた。

サブマリンはとても優秀な模型で、

一度水中に潜っても数分後には浮上し、

また潜っては再び浮上する。

それを繰り返すとのことだった。

 

少年は池の淵に立って

水面をずっと凝視する。

と、ずっと遠いところで

黄色い船体が浮上するのがみえた。

 

少年はその方向へと走り出す。

船体は再び潜ってしまった。

そして数分経ったが

黄色い船体がどこにも現れない。

 

少年は気を揉んだ。

サブマリンより大きな鯉が、

あちこちで空気の泡を出している。

 

夕陽に光る水面を、

少年はなおも凝視した。

 

その日、潜水艦は二度と浮上しなかった。

 

翌朝早く、少年は池に走った。

潜水艦の姿はどこにもなかった。

とうに電池は切れているハズだ。

 

少年は落胆した。

 

遅刻しそうなので、少年は学校へと走った。

チャイムが鳴ると同時に、

教室へと滑り込む。

みんながけげんな顔をして少年をみた。

少年はそのとき、

顔を赤く染めて泣いていた。

そんな顔を教室のみんなも初めてみたのだ。

 

少年はそれでも泣き止まなかった。

とても悲しかったからだ。

 

そのとき、数人が彼に近寄って、

「どうしたの?」と声をかけた。

少年は何も言わず泣き続けた。

少年は予期せず、

みんなの前で初めて

感情あらわにしたのだ。

 

そして少年は少しずつ、

まわりの同級生に

事の次第を話しはじめた。

やがてその話は教室中に広まり、

とうとうホームルームの話題も、

少年のなくした潜水艦の話となった。

 

そして、みんなで池に行って、

サブマリンを探すことになった。

 

が、結局みんなでいくら探しても、

あの黄色いサブマリンはみつからなかった。

 

とてもシャイな少年は、

その日を境に徐々に変わっていった。

 

プラモデルづくりの時間が減った。

それは、教室のみんなと話す時間が増えたからだ。

 

少年のなかで堅い壁のようなものが

ガラガラと崩れていった。

 

或日、少年はみんなを連れて池をめざした。

手には黄色いサブマリンがある。

2艘目の潜水艦だった。

 

「さあ、進水するよ」

 

少年がいま手放そうとしている黄色い船体を、

みんなが見守っている。

 

潜水艦はみるみる水中へと消えた。

鮒が銀色の腹をみせた。

鯉の口がプカプカとやっている。

 

水面はあの日と同じように、

キラキラと光っている。

 

以前とは、すべてが違っている。

少年にはもう何の不安もなかった。

 

少年はそれがとてもうれしかった。

 

 

グラスの向こうの夏

 

「月と太陽ってお互いを知らないみたい」

「おのおの昼と夜の主役。

だけど、すれ違いの毎日だしね」

 

「スタンダールの『赤と黒』って

確か軍人と聖職者の話だったよね」

「そう、対照的な職業」

 

「南の海のエンジェルフィッシュと

北の海のスケソウダラが一緒に泳ぐ、

なんてことがあり得ないのと同じ」

「そうね、いずれ相容れない何かがありそうだね」

「なんだか私たちと同じ」

「そういうことになる」

 

仲のいい友人、夫婦、親子、兄弟、姉妹でも、

あらゆる面で相反するというのは、

多々ある事なのかも知れない。

私たちもそのような関係と思える。

 

それはお互いの思惑の違いから、

(それは恒例ではあるのだけれど)

たとえば夏の旅行の計画などの話になると、

途端に方向性が異なる。

相容れない。

行きたいところだけでなく、

趣味が全く違うのだ。

そしてお互いに譲らない。

そこは同じなのにね…と彼女は思う。

 

片方が海といえば、

相手は山へ行きたいと言い張る。

話は平行線のまま。

決して交わることはない。

やがて意地の張り合いになり、

ひどい喧嘩となって、

結局いつものように沈黙が続く。

 

やはり月と太陽

赤と黒か

エンジェルフィッシュとスケソウダラみたいに

相容れない。

 

しかし「今年こそは」とふたりは願っている。

そこは似ているなと、

ふたりはつい最近になって気づいた。

 

グラスの氷がカタンと鳴って、

そして静かに沈む。

トニックウォーターが震えるように揺れる。

ふたりはため息のあとでそれを口に含む。

庭の木で蝉が鳴いている。

とても暑い鳴き方をするミンミン蝉だ、

とふたりは同時に思った。

 

果たしてグラスの中の氷は彼女の熱を冷ませ、

それは相手も同様だった。

想いが冷めては元も子もないと、

ふたりに囁く誰かが、

この部屋に降りてきて…

 

「とにかく出かけようぜ!」

「そうね、私支度してくる」

やはり似たもの同士なのかも知れない。

 

ようやくお互い、笑みが浮かんだ。