前号までのあらすじ
(再び南の島を訪れた僕は
日に日に蘇ってゆく
そして気にかかるのは
ジェニファーのこと
果たして美しい彼女は
まだこの島で暮らしていた)
ジェニファーと再会した2日後
僕は彼女とロックアイランドへ
でかけた
二人を乗せたシーカヤックは
穏やかな波の上を
滑るように進む
木々が生い茂る
小さなこんもりとした島が
幾つも見えてきて
その間を縫うように
漕ぐ
水に触れた風が
二人の汗を乾かし
暑さを柔らげてくれるので
僕たちは
なんとか漕ぎ続けられた
やがて
誰もいない白い砂浜が広がる
孤島に辿り着く
周囲が見渡せるほどの
小さい島だ
白いビーチの向こうに
一本の椰子の木が
風に吹そよいでいる
僕たちはシーカヤックを
浜へ引き上げ
中から手荷物を持ち
椰子の木の下にクロスを広げて
早速寝転がる
真向かいの大きな島には
白い大型クルーザーが停留している
「あれは?」と僕が指さすと
ジェニファーが
「世界中を船でまわっている
大富豪らしいの、
凄いわよね」と言ったが
その表情は
興味なさ気だった
ミラーの缶ビールを飲みながら
彼女が最近覚えたという
手作りの椰子蟹グラタンを食べてみる
「美味いね」というと
彼女が「ホント」と嬉しそうに笑う
「ホントさ、これは美味い」
僕は
東京の会社を辞めたことを話した
彼女は「そうなの」と言って
遠く波間の辺りを眺めている
「これからどうするの?」
「働くさ」
「そうね」
「この島の観光ガイドとかって
どうだろう?」
「ええ、いいんじゃない」
ジェニファーが少し笑う
僕は彼女に尋ねる
「ジェニファーこそ
なんでアメリカへ帰らないの?」
彼女が少し戸惑ったように間を置く
「例の彼は帰国したのよ」
彼女がキッパリと言う
「そう」
「私はね、いろいろ考えた末、この島に残ることにしたの」
「彼は?」
終わったの、と彼女が言うと、
飲み終わったミラーの缶を
白い砂の上に放り投げた
二人は沈黙し
長い時間が過ぎた
耳に囁く海風と
白いビーチに打ち寄せる波
遠いリーフの泡立ちの音が混ざって
この島の音楽になる
僕はこのとき
何故だか不意に
生きていることにとても感謝してた
それは生まれて初めての体験であり
とても不思議な感覚だった
ジェニファーが
「私ね、いま島の東にある浜で
お店を始めたの」
とつぶやく
「そう」
「店のオーナーがオーストラリアに帰国して
後は好きにしていいよって…」
「ふーん、大胆だね」
「金持ちだからね」
彼女がぺろっと舌を出す
聞けば
その店は簡単な食事と
ドリンクと島の花と
貝殻のアクセサリーを扱っているという
「おもしろい?」
「うん、とても」
ジェニファーが続ける
「お店ってね、やってみると大変なの、
結構朝からてんてこ舞い
なのに
あまり儲からないのが笑えるわ」
僕が
「この島に対する
国別ごとの観光客が求める
嗜好についてのマーケティング・プランを
作成してみようか?」
とふざけると、彼女は
「そのマーケティングという言葉は
聞きたくないわ」
と大げさに笑った
陽が波間に近づき
空と海がオレンジに色づいてきた
「そろそろ帰ろうか?」
僕が立ち上がると
彼女がおもむろにこう言った
「この話のつづきを
カープレストランでしない?」
「OK!そうしよう」
(つづく)