素人タクシードライバー
問題は台風直撃の予想のなか、船上結婚式に行かねばならない、
というプレッシャーにあった。
ほぼ決行というので、行くしかないね。
どしゃ降りの霞ヶ関からタクシーを探せど、
週末の土曜なので、官庁街は人気もなくがらんとしている。
当然、行き交う車も少なく、
たまに通り過ぎるタクシーも「迎車」の赤いライトばかり。
そこへモサッと走ってきたタクシーをやっと捕まえた。
「浜松町まで!」びしょ濡れの服をわさわさと拭いていると、
「浜松町ってどこですか?」とこのタクシードライバーが驚くことを聞いてきた。
車はすでに走り出しているではないか。
「うーん、いまあなた何て言ったの?
山の手線の浜松町駅。知らないってホント?」
まっすぐ前を直視している彼は、見たところ働き盛りの40代と踏んだ。
「ええっ、知らないんですね」
「だってナビがあるでしょ?」
結局、このタクシードライバーはナビの使い方も知らないらしく、
私が「次の交差点を左! で、○○を過ぎたら右ね、そうそう、でね…
おっと、そのあたりをゆっくり走って」
気が気じゃない。
そんなやりとりでぐったりびしょびしょのまま、
浜松町の海沿いの通りで降りる。
このタクシーをよーく思い返すと、彼の日本語がたどたどしい。
地理をよく知らない。
タクシー会社の名は忘れたが、ドライバー名は確かに日本名だった。
ビジュアル的には日本人にみえた。
あいつホントに2種免許持っているのかな?
うーん、よく分からない!
大雨の湾岸国道
明日の結婚式の会場となるシンフォニーとかいう船が停泊する
日の出桟橋あたりの道路に私たちは突っ立っている。
雨は相変わらずどしゃ降り。
(問題はホテルだよな、予約してあるホテル)
「確かこのあたりだと思うんだけど…」
スーツケースはずぶ濡れ。
午後9時。ほぼ人っけなしの国道に車が水しぶきを上げて走り抜ける。
iPhoneでグーグルマップを出して目的のホテルをマーキング。
結局トボトボと15分も歩いてめざすホテルに辿り着いたときには、
服はベッチャリ、身体ぐったりで、もう船上結婚式の前にバテる。
ホテルは山手線やら京浜東北線、
新幹線がまとめて通過する横に建っていたので、
絶対に終電までは眠れませんでした 笑
と同時にテレビでは首都圏に台風直撃間違いないという予想、
選挙報道もがんがんやっている。
あー憂鬱。
朝食はめちゃくちゃ美味かったけどね!
嵐の日の出桟橋
姪の結婚式当日は日曜日。
鬱陶しい東京の景色は重たく、冷えているなぁ。
超大型台風はどうも関西あたりを通過している模様。
話はそれるが、この日は弊社ディレクターは大阪でイベント運営の最中だったが、
電車は止まるはなんだかんだで相当ひどかったらしい。
前日にホテルに前乗りしたのは、
奥さんのヘアセット他が早朝予約してあったからだが、
式は午後3時からと待ちが長い。
久しぶりにホテルのテレビをザッピングしたりして時間を潰す。
午後2時乗船。親類初顔合わせ。式、披露宴、なんだかんだで
下船は午後7時頃の予定となっている。
100%暴風圏内での船上結婚式。
これって無事に終わるのかね?
昼過ぎに日の出桟橋に向かおうとホテルにタクシーを頼むと、
全く繋がらない、または1時間待ちという回答。
またしてもひどい降りのなかをテクテクと歩いたね。
礼服びしゃびしゃ。冷たーい!
しかーし、日の出桟橋待合室には人人人で溢れかえっていた。
待合室前には、はとバスがずらり。
東京湾クルーズの予約客の一群はどうやら台風なんぞ関係ないらしい。
乗船前とあって皆ニコニコ興奮気味。
老いも若きもポテトチップスとかビールとかを摂取しながら
満面の笑顔なのである。
ほほう、こっちの常識と真逆の一団をついに発見した。
そうこうしているうちに親戚の連中がパラパラと集まり始めた。
一様に濡れた礼服の水滴を払いながら「大丈夫かね」と口々につぶやく。
やはり不安かつ難しい顔を皆しているではないか。
思うに、あの楽しそうな一団はいまから東京湾クルーズを楽しんで、
まあ午後2時には下船。で、さっさと家路を急ぐのであろうと。
こっちは、その後の夕方、暴風圏のなかを乗船。
で、わいわいなのかどうなるのかよくわからないが、
夜まで宴会のようなものが続く訳なのである。
雨降って地固まるか
乗船して、まず親類写真の撮影となったが、
どうも岸壁に停泊していると結構揺れるので、
なかなか皆一様にポーズが決まらない。
なんだか皆緊張気味に足を踏ん張っている。
当然私も踏ん張る。
ずっと震度2という揺れ状態が続く。
この揺れに逆らうと余計に疲れるし酔うのであろうよ。
早速、海底で揺れる海藻を思い出し、
なんとなく揺れるがままにしていると少し体が楽になることを発見。
以降、そのスタイルを貫くことにした。
東京湾のクルーズ路線は台風のため変更・縮小され、
お台場あたりをふわっと進行している。
高層ビルが霧でかすんでいる。
どこも灰色がかったモノクロームな景色一色である。
が、船内はというと若い連中で盛り上がっているではないか。
酔っぱらって気分が悪くなって甲板に出ようとしている若者をみかける。
その蒼ざめた顔をみてなんだか笑ってしまう。
こっちも次第に、嵐のなかを楽しむのもなかなかのもんで
なんか悪くないんじゃないかと思えてくる。
シャンパン、ワイン、ビール、フォアグラ、ローストビーフ。
ガンガンと食いまくる。
久しぶりにアルコールを摂取してみる。
窓の外を眺めると、嵐はさらにひどくなるも、
船内の熱気はさらにヒートアップ。
歓声の連続が響き渡る。
みんな心底からふたりを祝福しているのがみてとれる。
こうなると若い連中に乾杯ですね。
やはり若いってひとつの特権だと思う。
この世知辛い世の中だけど、まあそのくらいのパワーがないとね。
誰かが例のつまらないスピーチをしていた。
「雨降って地固まる…」
頼もしいふたり
新郎のスピーチでも今日という台風の最中の結婚式を、
皮肉ではなく一生思い出に残ります、
そして今日のように嵐のような状況から出発するのも悪くないと、
かなりポジティブな発言をしていた。
彼は本気でそう思ったのだろうよ。
姪よ、幸せになってくれ。
下船は夜の7時を回っていた。
待合室には誰もいない。
昼間の喧騒がうそのようだ。
風雨がさらに激しくなる。
みな満足げに下船してきたものの、
あまりの激しい雨に呆然としている。
やはりタクシーが全く捕まらない。
しかたなく、誰もが覚悟を決めて、
暴風のなかを燦々囂々散ってゆく。
港では作業員がせっせと建物を囲むように土嚢を積み上げている。
やはりギリギリの船上結婚式だったらしい。