先月72歳の誕生日を迎えたご近所の春枝さんは、
年々、早起きになってしまいましてと、
困り顔で話されました。
「そうですか~」と私。
「若い頃は、昼過ぎまで寝てたんだけれどね」
と懐かしむように笑われました。
で、春枝さん。
まず早朝の薄暗いうちに近所を軽く歩く訳です。
この歩くという行為が、
若者には理解し得ない貴重な習慣とか。
曰く、歩いて少しでも筋力を養おうという意欲も去ることながら、
老化絶対はんた~い!、だそうです。
歩く先々では、アサトモ(朝友)と挨拶を交わしたり、
立ち話をしたり。
これも立派なコミュニケーションですね。
あと、朝陽を浴びるとよく眠れますよ、だって。
潜在的な脅迫観念で歩いていらっしゃるのかなぁ?
春枝さんは週に3日、
午前中は早くから、近所の公民館へ行かねばならない。
そこでは絵手紙教室をやっていて、
僅かな授業料で
懇切丁寧に教えてくれるところが嬉しいのだとか。
ホントは、その絵手紙がうまかろうが下手だろうが、
そんなことはどうでもいいそう。
脳ミソを使う、手先を動かす、みんなと話をする。
これでボケない、友人もできる。
一石二鳥以上の収穫なのよ、と。
さて、授業が終わるとみんなでお茶…なのですが、
そこで皆さんの持病の話に華が咲くのよね。
春枝さんは、まわりの話を聞いて内心ほっとするらしい。
みーんな何かしら患っている訳!
おっと、今日はそんな話をのんびりしている場合ではないわ。
で、春枝さんは「皆様、ごきげんよう!」と小走りに15分程歩いて、
馴染みの医院へ診察カードを出しに行ったらしい。
散々待たされている間に、
「主婦の友」を半分まで熟読してしまい、
今度はうたた寝。
と、看護師さんからいきなり呼ばれまして、
病室へふらふらと。
「望月さん、やはり平均よりかなり高いね、血圧。
下がらないね、うん、飲み続けましょうよ。
もうね、こうなるとこの薬とは一生のお付き合いになるね」
人なつっこい笑顔の先生に促され、
半ばしょうがないといった感じで薬を頂いたのよ。
今度は、病院から5分程引き返したスーパーで買い物。
小松菜、卵、即席ラーメン、夜は独り鍋にしようかしら、
と鍋セットもカゴへ。
で、自宅に戻って簡単なお昼を済ませ、
ちょっと横になる春枝さん。
なんと、自分のいびきで目が醒めてしまいました。
「ひるおび」を見損なって、
腹立たしいったらあらりゃしないのよ!
こうなると、「ミヤネ屋」に釘付け、
ガン見ですから!!
芸能ニュースにゃ目がないんですが、
こういう趣味はいつからなのか、
本人もトンと覚えていないらしい。
なんだかんだで夕方に突入すると、
ユニクロで買い揃えたナウなジャージの上下が、
カッコイイと春枝さん。
傾いた午後の陽を浴びながら、
これで、町内を一回りも二回りもするんですが、
目標は厚生労働省の発表どおり8,000歩をめざす。
春枝さんは、若い頃から几帳面だった。
陽が落ちてくるし、だんだん薄暗くなってくるも、
決してくじけない。
(夕飯は何にしようかしら?)
おっと、汗が化粧を溶かして顔がヤバイ。
が、外も薄暗くなってきたし年も年だし、
ここはもはや気にしない開き直りで
歩き続ける春枝さんでした。
ようやく歩数計が8000歩を示すと、
どっと疲れが出る。
心地良い達成感と同時に、
「生きているんだ」という実感が、胸に迫り来る。
だから止められないのよね…
というか、背後に迫る死神に捕まらないためにも、
頑張るしかない春枝さんには、もはや後がないらしい。
旦那を5年前に亡くした春枝さんは、
独り身ながら元気かつ生きる意欲が旺盛です。
そして、仏壇には毎朝欠かさず手を合わせているのよ。
さて、いまの悩みは、テレビの通販番組で知った、
骨粗鬆症に良いと言われているグルコサミンを買うかどうか。
汗を拭いながら、膝の痛みを考えると…
「やはりあのフリーダイヤルに電話してみましょう!」と
ようやく決心がついたようです。
夜、体操をしながら
大好きなテレビ番組のひとつである
「お宝探偵団」を観ていると、
突然電話が鳴ったのよね。
「こんな遅くに誰かしら?」
知らない電話番号、
思えば一ヶ月ぶりに鳴った電話だった。
恐る恐る受話器を取ると、
なんと小学校時代の同窓会のお誘いだ。
電話の主は名前だけは知っているクラスメイト。
聞けば30人位は集まるとか。
「出席させて頂きます、ハイ!」
嬉しさに久しぶりに胸が高鳴るも、
思えば、前回の同窓会が約30年前だったけれど、
なかには60年ぶりに会うクラスメイトもいると思うと、
懐かしいというより、
なんだかどっと疲れを覚えましてね。
「みんな元気なのかしら?」と
何気なく春枝さんは尋ねたらしいのですが、
それがね…と電話の向こうが言うには、
「だいぶいなくなっちゃったのよ」
(………)
翌朝から、春枝さんの歩くスピードは更に増し、
距離もグングン伸びたようです。
己の生命力にムチを入れるように…
そして顎とウェストの贅肉をそぎ落とすぞ、
と今更ながら明確な目的が設定された為でもある。
「負けませんからね!」
春枝さんに落ち込んでいる暇はないと言う。
「なにしろ私はいま忙しいの!!
死んでる暇なんかない訳よ」
と春枝さん。
私は思わず後ずさりして
「そっそうですよよね、私もそう思います!」
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