光る海

ベランダの戸を閉めると

ひだまりと静けさ

FMから懐かしいサーフィンU・S・A

ふと仲間のことを思い出す

今頃どうしているのだろうと

急に気にかかる

元気で働いているだろうか

結婚したのかな

お子さんは

もうこの海に裸で入ることもないが

あの頃の夏は

いつも仲間と泳いでいた

あどけないみんなの笑顔だけが思い浮かぶ

まだ海が透き通っていたあの頃

ソファに腰掛け小さな漁船を追いかける

二艘みつけたところで

光る海のまぶしさに目をつむる

ゆっくりと溶けてゆく時間

消えない思い出

取り戻せない時

静かなソファに

白いあの夏が

宿っている

自分も仲間も

埃ひとつなく

悩みも美しく

この海のように

そこにはただ夢だけが

輝いていた

伝説

どこまでも吹く風

曖昧な空間に

ひとつ板を浮かべ

想いを描いたという

一振りで、山をひとつ

指先をちょっと押し当て

海を深く

そしてあのひとは

愛をひとつふりかけ

世界を創った

という

そのわずかな

残りカスのなかから

お互いが出会って

私たちに続く道は

開けた

鳥も虫も花も

空も雲も大地も

過去も未来も

愛し合い、憎しみ合い

殺し合い、助け合い

夢を育み

明日を信じ

絶望し

息絶え

それでもなお生きてゆく

それでもまた死んでゆく

あのひとが

私たちに伝えた

ひとつのものがたり

いまだ見たこともない

誰も辿り着かない

その彼方に

真実はあると

そこに夢があり

そこにもやはり

失望があり

だから皆ただ歩くのみだと

だから生きるものも

死したものも

なおめざすのだと

あのひとは

生きるものすべてに

あの世のすべての想念に

絶え間なく

語りかけるのだ

ひこうせん

青く澄みきった空に

ひこうせんが浮かんでいる

黄色いひこうせん

もう小さくみえるひこうせん

ときおりキラッと光ると

徐々に小さくなってゆく

「おじいちゃん、見てみな。ひこうせんだよ」

車いすに座っているおじいちゃんも

空を見上げる

僕とおじいちゃんの指が

ひこうせんを追いかけてゆく

まぶしそうにおじいちゃんの目が笑って

そしてしばらく空を見上げていたおじいちゃん

車いすを押して部屋に戻ろうとすると

おじいちゃんは

「ばあちゃんが乗っておった」

とつぶやいて頭をさげていた

部屋に戻るとおじいちゃんは

這うようにして仏壇に体を寄せ

まだ新しいおばあちゃんの位牌に

ずっと手を合わせていた

千年の眼

語りぐさになるほどの

あの強者どもが

足元の草を這う虫となり

夢を語る頃

家々のやれ夕げに忙しく

子供は勉強に忙しく

足早のターミナルも

言葉少なく

夢もなく

高層ビルの

その一升で

ひとはなぜひとを追い込むのか

ひとはなぜひとから逃げるのか

サンドウィツチを土のように

コーヒーを苦々しく

いや売上げだ利益だ

数字を語る

笑顔に光なし

眼に力もなく

その頃

あの強者どもは

足元の草を這う虫となり

月に照らされ

さも

墓などなかったかのように

夢を語る

命は尽きないかのように

酒杯の酒を煽るように

露と戯れる

男であれ女であれと

その声は語るのだ

生きることにのみ

幸あるように

喜びに満ちるように

世界をみるのだ

ひとと交わるのだ

ひとはひとらしく

生きてくださいと

利益に先んずるものなどないと

笑わせるようなことを

知ったような分かったように

生きることを語るなと

ひとは愛らしく

ひとはまっすぐに

ひとはひとらしく

決して世界を縮めるな

墓など探して安堵するなと

かの声は

家々に語りかけるのだ

水底で考えること

水面を流れる風に

さざ波を立てて

その底に眠る魂のことなど

いまはもう誰も知らない

あるきっかけで私はその魂を

深く沈めることにしたが

最近になって

それは生きている間に何とかしようと

その魂は叫ぶので

私は立ち行かなくなった

秋燦々の早朝

そのホテルの部屋の目前に

湖は佇んでいた

湖面はゆらゆらと

湯気のようなものに覆われ

早朝の釣り人の船が

すっと滑ってゆく

ミネラルウォーターをひとくち

シャワーを浴びてまた窓のカーテンを開けると

先程まで曇っていた空に

すっと陽が差し

雪に光る冨士が輝いた

いまだと、思った

私は

素早く着替え

湖面に突き出す船着き場に立つ

対岸の森に鳥居があり

湯気のようなものの上に浮かぶように

その景色も揺れている

切れた雲から差す朝日に照らされ

その上の尾根も光り

足元に寄せるさざ波に

あの頃が蘇る

元々うちの家系は水軍の出だと

父は言った

三河の水軍

それがどうしたと私は思ったが

父の気概がその朝に分かったような気がする

戦後になっても帰れなかった父は

シベリアで生きていた

どんなに叩かれ

喰うものがなくても

ふるさとに帰りたかったと言っていた

脱走した日本兵は即座に撃たれ

皆死んでいった

運良く脱走した者でさえ

あの広くて極寒のシベリアの大地で

どうやって帰るのか

その人間たちでさえ

待ちかまえる狼に喰われてしまったと言う

父は昭和23年に本土の土を踏んだ

村でたったひとりの帰還兵だった

なぜ生きて帰れたのか俺にも分からないと

父はよく言っていた

私はいつも平和に生きたいと

思っている

いまでもそれは変わらない

私自身の戦争も

遠い昔に終わっている筈だった

湖の底に眠る魂は

私の戦争だった

私は戦うことに飽きている

湖の底に眠る魂は

私の戦争だ

私は戦うことを

避けて生きてきた

血筋をどうこう思う者ではないが

なにか近頃

父の言葉が気にかかる

これは私の戦争なのだ

これは私の戦争なのだ

父が笑っている

あまり見せたことのない

笑顔で

父が笑っている

戦争が始まる

戦争が始まる

再び私の戦争が始まる

水底の魂が

私を呼んでいる

私は、水面を流れる風になりたいのだが

水底の魂は、このさざ波ではなく

湖を

地の底から動かすことを考えていた

訳があって泣くんじゃない

泣いて流れる涙のその訳を

初めて知ると

止めどなく涙がこぼれた

いままで抱えてきた

干し草のように絡まった

ひとつひとつの辛さを

薪のように積み上げて

火を放つのもいいんじゃないかと

思った

その燃え上がる炎に

青白いものが見えたら

空を見上げて

さよならを告げる

想いは

その揺れるもののように

熱したものだったが

青白い悲しみは

凍りつくように燃える

炎はくっきりと

その訳を揺らす

なにが悲しくて

なにが辛くて

なにが悔しくて

なんで泣くのか?

理由を背負って

きのうからきょうへ歩いてきた

もういいんじゃないか
と自分に話かける

だから泣いて泣いて

また泣いて泣いて

涙を拭いて

立ち上がる

空を見上げて

立ち上がる

そしてまた

明日をめざして

歩くだけさ

ただ

歩くだけさ

ものがたり

月は幻

夢の丘で寝転がっていると

君だったと分かるまで

その永遠のような

ひとときのこと

いったい君はどこから

降ってきたんだろう

秋雨の降りしきる頃

森の一葉に

落ちてきたとでも

言うのかい

地中から出てきたわけでは

ないだろうに

打ち寄せる波に運ばれた

貝の中に

隠れていたのか

私さえ

なにがどうして

ここにいるのか

だから

出会いはいつだって

不思議に充ちている

私と君が綴る

ものがたりが

目の前のことなのか

夢なのかなんて

誰にも分からない

気づかない

だからいつも

愛は

不思議に充ちている

ものがたりなんだよ

風の道

その道はある日

ふっと舞い降りたように

海に続いていた

ざわめく木々

揺れる草花

都会から離れて

ひっそりと海へ続く

ひと筋の道

人の波に疲れ

恋はどうなるのか

生きてゆく意味を知りたくて

人は歩く

あなたと歩く道ではない

みんなで歩く道ではない

ましてや

家族と歩く道でもない

風の道は海へ続く道

風の道は

独りで歩く道

風の道は

涙がこぼれる道

夜光虫

弱き者よ飛び回れ

程なく消えるこの手この足

この気持ち

終わりは激しく心昂ぶるように

舞えよ歌えよ

夜の祭りは始まったばかりだ

暗闇から這い出てきた

老いも若きも

その羽を鳴らせ

遠くに明かりがみえたなら

それは命の喝采

祭りだ

祭りだ

おとこはおんなを

おんなはおとこを

羽をふるわせ

昂ぶるのだ

命の本能

命の義務

強き者も飛び回れ

程なく消えるこの手この足

この気持ち

終わりは激しく心昂ぶるように

舞えよ歌えよ

夜はおとことおんなの物語

夜は命の物語

それはそれは

むさっ苦しい蛾のように

飲めよ踊れよ

本能は

こうして私を

紡いだのだ

本能は

こうしてあなたを

紡いだのだ

私的イメージ論

私はどこから来たのか

という疑念に

星の静寂がこたえるというのだ

眼を懲らすも瞑るも

見えるものも見えぬものも

あなたは既に知っている、と

幾万光年の光が言う

すでに消えたあのあたりの星なのかと

想念で伝えるも

心すでにここに無し

遠く銀河を彷徨う

誰も

生まれ生き死んでゆく

悲しいか? 悔しいか?

それでいいじゃないかと言われても

無性に腹立たしく

じゃあ、私は何処へと星に問うも

既に暗闇は去り

木々の緑に

鳥たちは集う

たとえお釈迦様の瞬きの中に

私の一生があろうとも

果たしてこの生命は

捨てる様なものなのか?

閉じこめた種を開花せよ

考えるのではなく感じる

古代よりの遠いメッセージは

既に私の中にあるのだ

心の在りかを

探るのだ!

私は誰なのかを

掴み取れ!

幾万光年の記憶が

叫ぶまで

空の静寂が

語りかけるまで

あなたも私も

歩くのだ