手紙

前略

久しぶりに手紙を書きます。

お元気ですか?
私はいま、車中です。

この只見線から見る景色は
心が洗われるような素敵な景色の連続です。
川に沿うようにのんびり走るこの列車は
急ぐことなく
山並みを縫うように
ただ、ゆっくりと進んでいます。

空いた車内に
こうして一人で窓際に佇んでいると
どうしてあなたがここにいないんだろうと
ふっとそんなことさえ考えてしまいます。

あれからあなたの事ばかりが胸をよぎります。

さよなら、のひと言をいわれてから
私はただ戸惑うばかりの毎日でした。

あのときああすれば良かった
こう話せば分かってもらえたんじゃないか
そうした後悔ばかりがつのります。

あなたはなかなか自分を出さない人でしたから
最後のことばもあなたなりの誠意だったのでしょうね?

私には分かります。

でも
もうおそいですね。

この旅行も
あなたと一緒に過ごした時間を
洗い流そうと
私なりに決めたものでした。

でもいまとても心が揺れています。

会いたい…

また会って
あなたといつまでも一緒にいたい

どうしたらいいのか
自分のゆく先がふらふらしています。

すすきのうえを飛ぶ赤とんぼが
列車についてくるように
何匹も何匹も
そして川を渡ってゆきます。

もう秋ですね!

寂しくなります。

そして私
この冬は、とても悲しくて。

あなたとの想い出は
この先
消えることはありません。

あなたさえよかったら
またこちらから連絡したいのです。

そして
できれば
もう一度だけ
ふたりでいつもかよった
あの海辺のレストランで
お会いしたいのですが…

また連絡します。

どうぞ、お体を大切にしてくださいね。

あなた一人を愛した女より

草々

P.S

あなたはいまのあなたのままでいてください

いつもかわらないあなたが私は好きです。

願い

君の流した涙が
僕の腕に落ちる

その涙は皮膚に染みて
僕の体に溜まり

悲しみは
やがて
僕の憂鬱になる

世界は
そういう悲しみに
満ちている

君の汚れのない笑顔が
僕の瞳に映る

その笑顔は視床下部を通り
僕の大脳を刺激し

喜びは
やがて
僕を幸せへと導く

世界は
そういう「たおやかさ」に
満ちているべきだと

いつも僕は
思うのだ

生きていて

砂漠で倒れた旅人のように
夏の日差しに紫陽花が泣いています

サルビアの花は
とても強そうに赤い色をみせてはいますが
でも
どこか陰りがあるのはなぜでしょうか?

日々草は今朝も元気に花を開いていますが
あなたもいつか来る夏の終わりを知っているのでしょう

こうしてみんな生きています
こうしてみんな生きています

声を枯らしてカナリアは鳴くのです

でも生きています
生きています

だからとても気になるのです
みな
あの世に旅立つ前に
なにかひとつでも
叶えられるのでしょうか?

幸せは万物に降り注ぐのでしょうか?

命の続く限り
僕は
あの青い鳥を追いかけようと思いますが

ねえ、神様
それでいいのでしょうか?

ねえ、神様
それでいいのですよね

魔法

僕のきもちは笹舟のように
心もとないから

今夜、旅立とう

そう決心をしないと
なにもかも手遅れになりそうで

(自制にくさびを打ち付けろ!)

このときめきに
理性の網を掛けるなんて

なんて野暮ったい!

(その昔、人はさまよって愛をみつけていたんだ!)

拠り所を置き去りにしては
なにもかもが嘘になる

理路整然と毎日を刻む人生に

さようなら

ああ、
それを
生きているっていうのかい?

僕のこの時を賭けて
君の手を握り

夜を走り抜けよう

月がどこまでも追いかけてくる?

いや
誰にもみつけることなんか
できるものか!

いま僕は
この一瞬を駆けているのだから

そして賭けている

それが魔法さ

そう

人生は魔法でできているのさ!

オトコは黙って

ある新聞記事に目がとまり
そんな話ってあるのかよと
思わず涙がこぼれそうになったが

理性でぐっと堪える
(オトコは泣かない!)

夕飯を食べながら
テレビのくだらないコントに大笑いなのだが
娘はまだ帰ってこないなと
すっと寒いものが走り
不自然にも真顔に戻る

街で
ちょっと急いでいたのか
すれ違いざまにやくざなあんちゃんとぶつかってしまい
「すいませーん」と言ったのに罵声を浴びせられ
おいおいそれはないんじゃないかと
怒りがこみあげてきて
「おい、ちょっと待てよ!」
と言う間もなく
後が面倒くさそうだなと思い
我に帰る

これじゃなにもかも
愛じゃなくて、哀だな

気を静めようと
座を組み
今日の雑念が浮かんでは消え
そして消そうとすれば暴れ出す

心にまた
嵐が吹き荒れる

親父、
生きてゆくってのは
けっこう修羅だな、と
もうこの世にはいない住人に

今晩も

つい話しかけてしまう

ひとり遊び

ひとり遊びができない子だった

いつでもお父さんかお母さんが
私のそばにいてくれた

友達もできて、いつも誰かと
遊ぶようになり

恋人と呼べるような人も現れ

私は幸せだった

いまでも変わらず
ひとり遊びはできないけれど

ああ
ひとり遊びを覚えなくては

それは

葉が散るように
大切な人が
私から消えていったから

そして
追い打ちをかけるように

恋人もだんだん遠い人に
なってゆく

さみしさも悲しみも
いっぱいだけど

誰かを想いながら
泣いてばかりいるのは
辛いこと

ひとりでなにもできないで
泣いてばかりいるのは
悲しいこと

だから
ひとりが忍び寄る
その前に


心が負けないように

ひとり遊びを覚えなくては

冬物語

色づいた葉が心を揺らす

風に剥がされるように落ちてゆく

残された葉は冬空の快晴とのコントラストを描く

僕はコートのポケットに手を入れ
そのはかない木立を眺めるのが好きだ

冬の恋物語が詰まったその情景は
「落葉の物語」を思い出し
「風」のメロディーが胸で踊る

グループ・サウンズもフォークも
みな冬のロマンスを奏でてくれた

冬にうまれた恋は純心で密やかに

想い出深くいつまでもいつまでも

やがて枝の不思議な曲線が
月夜に照らされ浮かぶ頃

僕の想いはさらに深く深く

それは影絵の木立が呼びかけるように
冬の景色は僕をヨーロッパへと
旅立たせた

アルプスおろしと呼ばれる
横から降りてくる雪片の向こうに映る
ベローナの街はとても寒いのだが
想い出のなかではあたたかい

月と木立
それは漆黒ではなく
ブルー・バックに浮き出た
静脈のように綺麗な曲線を描き
イエローの光に映えて美しく
僕の心を捕らえて離さない

こうして僕の冬物語は始まるのだが
あなたの胸に迫る冬物語を

そう
僕に聞かせて欲しいんだ

ロマンス

窓を開けたら
キラキラした星たちが
ぼくの部屋にさーっと
いっぱい入ってきて

明かりを消すと
それは
ぼくにとって
とてもかけがいのない
綺麗な夜だった

しかし
そんな夢をみながら
いまを生きてゆくのは
幼すぎると
ぼくは思っているのだれど

銀河の瞬きを歩きたかったのは
いまに始まったことではない

すーっと空に舞い上がったかと思うと
杖を持ったやさしそうな老人が
目線の先に伸びる天の川はいかがかな?
と聞くので

ええ、と答えると

ぼくは銀河から
それに連なる遙かな
星の海
星の山

そして
星でできた
まぶしい小舟に
揺られていた

夢をみるのはいけないことなのかな?
幼いことはいけないことなのかな?

今日も窓を開け放って
空を見上げると
キラキラと耀く
宝石の世界が
くすくす笑いながら
ぼくをすくい上げようとする

今夜こそ旅立とうとするのだが
そわそわとしているうちに
迷っているあいだに

ぼくのなかの世界は
いつも決まって
夜が明けてしまうんだ

夢をみるのはいけないことなのかな?
幼いことはいけないことなのかな?

昨日の夜も

窓を開けたら
キラキラした星たちが
ぼくの部屋にさーっと
いっぱい入ってきて

明かりを消すと
それは
ぼくにとって
とてもかけがいのない
綺麗な夜だった

M546星雲

遠く銀河系のM546星雲から
僕の脳に指令が下ると
やおら起きあがり
パソコンのスイッチをONにする

真っ白なメモ帳に地球に関するレポートを
今日もひとつ記さねばならないので
昨日の酒場での出来事について
一言記する事にしたのだが

その酒場でのオトコとオンナのやりとりを
報告したからといって
このレポートが一体どういう意味をもつのか
僕にはさっぱり理解できないでいる

人の生態についてアレコレ知りたいのだろうけれど
こっちもそこの所は心得ていて
適当にアレンジを加えてはレポートを書き上げる

さて
このレポートを送信すれば僕の今日の仕事は終わりなのだが
再度指令が下ったので
そのネタを集めに街へ出ることにした

マックでチーズバーガーとコーヒーを頼み
窓の外を眺めながら
隣のカップルに耳を傾けなければならない

赤いルージュをひいた痩せ形のオンナが
オトコに
「で、そのふたり、どうなったのよ」
首からじゃらじゃら銀のアクセサリーをぶら下げたオトコは
「それはおまえもラストを観なくちゃ」

コーヒーの味が残る氷をかき混ぜながら
ノートパソコンを開き
僕はレポートを書き進めることにした

マックを出て上を見上げると
空はすでに陽も落ちて
下弦の細い月が西の空に霞んで浮いている

銀河系M546星雲

この星のレポートがM546星雲にどういう影響を与えるのか?

僕は毎日レポートを送信し続けるのだが
それに対する回答、感想などというものは
返ってきた試しがない

こうやって毎日が過ぎ
レポートを送り続ける僕なのだが

なんだか空しくなって疲れた日は
レポートも止まる

活動を止めたからといって
向こうから何を言ってくる訳でもないこともあるので
あとは指令が下るまで深く深く眠る

M546星雲は遠い遠い空の彼方にある
M546星雲は永遠に耀く星らしい

だからいつも僕は祈るのだ
だから僕は送信し続けるのだ

M546星雲に幸アレ
M546星雲よ永遠ナレ

M546星雲ではみんなが僕を待っている
M546星雲にはジョン・レノンもいるな

そして
ちいさい頃、僕の大好きだったおばあちゃんも
相変わらずあの星で
今頃畑仕事をしている

小田原にて

ルート246を西へ

やがて停滞が解け
私はひらけた前方に夢を抱く

アクセルを軽く踏み込めば
昨日の喧噪も先ほどまでの悪夢も
みんなみんなガラスの破片のように
粉々になって
青い景色のなかに消えてなくなる

この解放をハンドルに託して
5月の風はひゅんひゅんと
車体を包むように
ひとりの男を笑わせてくれる

人生において一体なにが大切なのかね?
と私が問えば
さて、と微笑んで初夏の山々はこたえる

その瞬間瞬間のひとつひとつに
解答は潜んでいるし
たったいましがた過ぎていった
おばあさんの歩いている姿のなかにも
あなたはそれをみたハズだと

海に出たいと思えば
車体を南下させればよし

次の交差点を左折すれば
数十分のうちに確実に
到達できる私のいわば分かりやすい
到達点

しかしさて私は
ルート246を西へ

霞んだあのやまなみを
この眼で確かめようと
疲れたエンジンはしかし
乾いたリズムで
まだまだ力づよく
傾斜の傾きも難なく登っているので
私はこころを浮つかせながら
FMのスイッチを切り
まわりの色づきに耳を澄ます

その木々の息づかい
雲の流れる爽やかさ
山のにおいに
遠い記憶を呼び戻せば
ほう、とうなずいて
私は納得するのだが

なおさらのように
やはり私の疑問は深まるばかりのだ

人生山を登るが如し

気抜けたこのドライブを
私はどこまで続けるのか
とんと検討もつけていない

はてと
その初夏の風のなかに

ぼんやりとしたものを
みつけたような気がした

ああ
いま訪れた心地よい風は
この瞬間のなかに
包み込まれているのだな

生もまたいつも
このひとときのなかに
眠っているのだな

なんということか
海は近いというのに

やまなみは
やがて目の前に
立ちはだかって
さあ
峠を越えるのだが

まだ
その先は

遠く遠く続く

by小田原にて