ノマドでクラウドな生き方と仕事スタイル

ノマドは遊牧民、クラウドは雲。

固定の場所に住み着かない生き方で、

遊牧民は、自由に住み処を変える。

仕事も同じ。

固定のオフィスに毎日通わない、

また、そこに縛られることなく、仕事をする。

例えば、それは街の喫茶店でも公園でもOK。

大げさにいえば、この日本にいなくても良い。

連絡手段は、スカイプなんかが適当だ。

通信費はタダだし、音も安定している。

そんなとき、情報や書類等は、ネット上に預けておく。

身近なもので、ストレージサービスがある。

どこでも、IDとパスワードで、書類を引き出し、

そこで作業ができる。

iPhonやiPadとか、アンドロイドがあれば、事は足りる。

何もない場合は、ネットカフェからでもOKだ。

あとは、こうしたスタイルに適した仕事か否かということ。

私の場合を言わせてもらえば、まあ半分ほど一致している。

で、ノマド化、クラウド化は進行中だ。

せこい話だが、問題はバッテリーの消耗。

私の場合は、何処でもネットに繋げるよう、

iPadにWi-Fiルータを使っているが、ルータの持ちがせいぜい4時間。

電源の確保が必須だ。

クルマの場合は、シガーソケットから、

手持ちのパソコンは、USBから電源が供給できる。

旅行に行ったときなど、

私は、ホテルの部屋に入るとまず、コンセント探しをする。

都会にいる必要性とか、ラッシュに揉まれる毎日、

そして、渋滞のストレスと時間の無駄…

この辺りを解消する術が、ノマド&クラウドスタイルだが、

こうしたスタイルを実践している方たちは、確実に増えている。

が、古い体質の企業などでは、管理する側からいえば、

こうした方たちが気に入らないだろうね。

働いている姿を監視ができないと不安になる。

働かされている方も、同じ。

マゾっぽく机にしがみつく習性が残っている方も、

いまだに多いことだろう。

しかし、時代は確実に動いている。

見せかけの生き方や仕事は、いま綻びつつある。

勘で申し訳ないが、居住も仕事も、これからは全く違ったものが

脚光を浴びるような気がしてならない。

例えば、がんじがらめのローンを組んでマイホームを建て、

そこに束縛されて住み続けるというのがいまの主流だが、

これは誰かの策略なかと、最近思うようになった。

これからは、各地を転々とするのも悪くはない。

極端なことをいえば、昨日は東京にいたが、今日は沖縄、

で明日はロンドンなんていうのもアリ。

季節や数年ごとに住む処を変えている方も、実際にいる。

住所不定で一見怪しいと思われるも、

こうしたスタイルは、人を自由にする。

生まれ育った処にずっと住み続けている、

地元が大好きでなんら不満はないという方は、

その価値観に従えば良いと思う。

が、諸事情により、そうでない方が多いのも事実だ。

私事だが、いま自分のふるさとが何処なのか、

よくよく考えると分からない。

こうしたとき、私は、脳のソフトを入れ替え、

新しい価値観に準ずることにする。

こうして、ノマド&クラウドな生き方は、

ライフスタイルを変えることができる。

自分で生き方や仕事を考え、見通し、自分の力で

生きていかなければならないこのスタイルは、

必ず結果を出す必要がある。

でなければ、

経済的に立ちゆかなくなることは目にみえている。

結果が出さなければアウトなので、自ずと能動的になる。

このスタイルは、その位の刺激がある。

自由に生きるには、パワーとエネルギーが必要だ。

そして、自由と厳しさは、裏腹だ。

上辺だけを掠め取って、いい加減に始めると、

このスタイルは火傷をする。

私も多少の火傷をしている(笑い)が、

次第に、そんな時代になりつつある。

最近気になった4話

食生活について

なんでも喰うのが良いと思う。

よく、野菜が体に良いとか根菜類が良いとかいうが、

そんなもん喰いたくても喰えない。

そんな場面や環境も多々ある。

忙しいとか、独身男子の場合もそう。

で、思ったんだが、例えばセブンのおでんとチキンと

おにぎりを買ったとする。

これを、家でじっくり煮込んだおでん、とても良質の油で揚げた、

地鶏のチキン、無農薬で育てたお米で握ったおにぎり、と

アタマで変換するのだ。

うまいうまいと喰う。と、とても体に良いのではないかと考えた訳。

だめかな?

また、チョコとかアイスの場合。

この甘いのは、疲れていてしょうがなく喰っている、

脳がシャキッとしたら、この甘いエネルギーは総て消費されて、

私は太らない!なんてね。

だって、このジャンクフードは体に最悪!とかこれ太るんだよな、

なんて喰っていたら、本当に良くないし、

どんどん太るんじゃないかと思うのだ。

まずは、ありがたいありがたい、そんで良いのだと思うのだが、

この話って、どこか詐欺っぽい?

官邸ホームページ

さすが、官邸のホームページ制作にかかった金額が、

なんと4550万円くらいらしい。どうやったらこんだけかかるのか?

同業者ののぞき趣味でこのサイトをチェックするも、

理解に苦しむ金額。

で、想像するに、ふたつの会社が思い浮かぶ。

日本の蒼々たる会社2社。

あそこなら、やるかもな?

目立っているのは、サイト内の検索システムだか、これも、

各省庁の情報を引っ張れば、さほどのシステムでもないように思う。

サイト設計は並。デザインも並。コピーライティングは、ほどぼど?

一見凄いサイトに見えても、その構造を書き出せば、

総て理解できます。

弊社もこんな案件がほしいところです。

死生観

死んだら何処へ行くのか?という問題は永遠の謎だが、

仏教なら輪廻転生。人は生まれ変われる、となる。

神道なら、黄泉の国へ行って暮らす、となる。

キリスト教なら、天国へ召されるのか?

が、もし人は死んで「無」になるとしたら?

もう永遠に、この先何億年経っても、跡形もなく、

あなたは絶対にいない。

意識も存在も、総てが否定される。

こうした考え方というか、実はこれが事実なのかもと、

たまにアタマをかすめる。

こうなると、もはや死の恐ろしさは、とてつもない程になる。

イマジネーションの豊かな人は、まず発狂するかも。

という観点より考えると、

やはり、私たちには信仰は必要なのかもと思うのだが…

ちょっと前の封切りの話

「ヒューゴの不思議な発明」を観たのだが、

この映画は、とにかく文章にしづらい内容だ。

ヒューゴは賢くて貧しい少年の名前。

舞台は、第一次世界大戦後のフランス・パリの駅舎。

人を形をしたカラクリの機械が、キーワードとなり、

一度は消えたロマンが蘇り、そこで働く人間模様の移り様も

変わって行く。

監督のマーチン・スコセッシのデビュー作は、

名作「タクシードライバー」。

あのジョディ・フォスターのデビュー作でもある。

私は、ん十年前にこの封切りを観たので、

とても印象的。

が、年をとると、みなファンタジーを撮りたくなるのかな?

ジェームズ・キャメロンも、アバターを撮ったし?

で、「ヒューゴ…」は、映像も秀逸で、パリの街を俯瞰で見下ろし、

カメラは鳥のように空より舞い降りて、街を飛ぶように巡り、

駅舎のなかをクローズアップする映像。

映画を愛しているスコセッシ監督の意気込みが伝わる一作だ。

僕が小さかった頃、世界はワンダーランドだった

朝方、夕べからずっと僕をにらんでいた女の人は、
実は天井のシミで、それは雨戸のすき間からすっと陽射しが入って
分かったことなんだけれど。あの頃の僕にとって、明るいことは、
とてもうれしいことだった。だけど、おばけは確かにいたんだよ。

岸壁で海を眺めていたら、ゴミと一緒に犬の死骸が浮いていて、
僕はとっさに目をそむけて逃げようとした。
だけど、犬の亡霊が、もう僕に取り憑いたと言うんだ。
そのことを泣いて姉に話したら、拝めば許してくれるよと…。
僕はその死骸にずっと手を合わせていて、少しづつ楽になった。
きっと仏さまが僕を守ってくれたんだと思ったら、
もう怖いものはないと思ったよ。

駄菓子ばかり食べていたけれど、或る日、
母が不二家のパラソルチョコというのを買ってくれた。
それは驚くほどチョコがいっぱいで、
最後に残ったプラスチックの棒まで透きとおっていて、
僕はその棒を貯めようと思った。
だから虫歯だらけの僕だったけれど、
あれからずっとチョコが好きだ。

親戚のおばさんが洋裁をやっていて、
僕と母はしょっちゅうその家へ遊びに行っていた。
ミシンの動きばかりを見ていた。
ボビンというのはミシンに入っている部品だが、
アタマにこびりついてしまった。
叔母さんはいつも僕に服をつくってくれた。
その頃、服というのは寸法を測ってつくるものだとばかり思っていた。

ソーダラップは、水で粉を溶くとシュッワッっとなる。
まるでクリームソーダのようにね。
そのおいしい飲み物に、
父がどこからか買ってきたストローを差して飲むと、
生まれて初めて味わう、不思議なものになった。
僕はいまでもそのストローのピンクと白の模様を覚えている。

図鑑に載っている虫は、どんな虫でも、必ず裏山に入るといたんだ。
それがオニヤンマだろうと玉虫だろうとね。
カエルの卵も田んぼにいっぱい。赤ガエルだっていたけれど、
モリアオガエルにだけには会えなかった。
だけど水すましもドジョウもいて、
ノビロという草を持って帰ると、母はそれを煮て夕飯に出してくれた。

夏まつりがお宮さんではじまると、
僕たちはお小遣いをポケットに詰め込んで、
色とりどりの甘いものを食べ、
近所で働いているお兄さんにおもちゃの鉄砲を買ってもらった。
そのあいだ中、僕たちは夜の9時まで外にいて良いことになっていた。
だから7月7日の七夕とこのお祭りのときだけは、
学校で居眠りをしていても、先生は怒らなかった。

ガガーリン少佐が人類で初めて月に降りるというので、
僕は興奮して、そのことを父と母にずっと話していたけれど、
だんだん疲れて眠くなって、気がついたらすっかり朝になっていた。
それは凄いことだと両親もいうので、
僕は学校のみんなのところへ走っていった。
その日の朝礼で、
校長先生もガガーリンのことを興奮してしゃべっていた。

あの頃は大きな地震も不景気もなく、
東京オリンピックが日本で盛大に開催されて、
僕たちにはまだサッカーという遊びもなくて、毎日野球をやっていた。
のんきにね。
そしてこんな毎日がいつまでも続くもんだと、僕は思っていたんだ…

タイムスリップ

夕方の渋滞はどこも殺気立っていて、

嫌な気が、この街には充満している。

車内にはFMラジオが流れているが、

いまひとつ優雅さに欠けるパーソナリティーが、

消費税のニュースに関して、

どうでも良いようなコメントを話している。

僕はコンソールに手を延ばし、

一枚のMDに触れる。

音はなんでも良かった。

MDをプレーヤーに入れると、

僕の憂鬱はすっと消え、

その古くてぼやけたメロディーは、

街の色を変えた。

そんな気がしたのだった。

交差点を越えるとクルマは流れ始め、

郊外へと続く道は、

その日の、僕の好きなルートへと変わっていた。

ウインドゥを少し開け、新鮮な冷気に触れる。

冬の気配がまだ残る冷たさだ。

車列が減り、前のテールランプが、

しなやかに動くように見える。

軽い登り坂。

アクセルを踏み込む。

そして、くねったような峠にさしかかると、

低速では乱れていたV5気筒のエンジン音も整い、

ストレスなく加速してゆく。

そのぼやけたメロディーは、

数本のエレキギターとドラムの音で構成され、

とてもわかりやすいリズムを刻んでいる。

歌詞は、おとぎ話のようなものばかり。

やはり、愛だとか恋だとかなのだが、

この音に、僕の想い出が眠っていた。

下りのワインディングをノーブレーキで走り抜け、

タイヤのきしみも幾分感じ取りながら、

いまはもう決してしないような走りを、

久しぶりに試してみる。

この曲が流行っていた頃。

あの頃は、まだ免許もなくクルマもなく、

僕はまだ未成年で、期末とか受験とかに忙しく、

それなりに勉強もしていた。

深夜のラジオからその音が流れると、

僕は、しばしシャープペンを止めた。

あの子は、今頃この音を聴いている。

石油ストーブで暖まり過ぎた部屋には、

サイケデリックなポスターが貼られ、

その頃流行った花柄のシールが、

ガラス窓にぺたぺたと張り付いていた。

窓を開け放つと、

夜空がきらめいていた。

星も月も、あの頃の冬の空は美しく、

家々のトタン屋根を、いつも静かに照らしていた。

街の、あの辺り。

あの子の家が、木々の黒いシルエットの向こうに、

かすかに見えるような気がした。

ラジオからは、やはりあの歌が流れていた。

…銀河に浮かべた白い小舟…

…僕がマリーに恋をする…

照れくさいことを平然と歌っていて、

僕はホントはストーンズが好きだったと、

記憶しているのだが…

なのに、

想い出に刻まれたその音とまるで絵空事のような歌詞は、

いまでも僕を魅了する。

とても単純なドラムの刻みと、

つたないエレキギターのテクニック。

そういえば、ボーカルがいつも、

四角い大きなマイクを握りしめていたっけ。

ポンピングブレーキを繰り返して減速し、

まだ門が開いている公園の駐車場へクルマを滑り込ませる。

がらんとした白線の真ん中にクルマを止め、

MDのボリュームをいつになく大きくすると、

暗い夜の公園に、その音が鳴り響く。

音は、そのボリュームのせいで、

ぼやけはさらにひどく、音は割れて、

もし、この広い駐車場に誰かがいたら、

とても迷惑だろうなどと考えてしまう。

キーをつけたまま僕は外に出て、

夜空を見上げる。

5気筒のばらけたアイドリングの音が、

僕は好きだと、そのとき初めて思った。

遠くの山の稜線のすぐ上に、

低い下限の月がぶら下がっている。

その上と下に、寄り添うように、

一等星がきらめく。

あのときも、夜空はいつも瞬いていた。

あの部屋で、僕はなにかを掴んだような気がした。

あのラジオから流れていた音楽を、

あの日の僕が聴いていた。

僕は、あの夜、

あの静かな夜の公園で、

どうやら時を超えることに成功したようだ。

春のうつろい

春一番が吹いた頃、

僕はいろいろ背負ってきた嫌なものを下ろそうかと考え、

あいつにはっきり意思表示のメールを出し、

断絶を宣言する。

あの仕事も、もう限界だと考え、

「御社は…」という書き出しでメールの準備をする。

部屋の、

いまはもう使わない書類をわんさか整理し、

後は廃棄処分場へ持って行くだけとする。

こんな奴もいたなと、

将来決して使わないであろうメルアドを消去する。

すべてが廻りはじめ、

それはなにかが一巡して新たに始まるかのような春だった。

梅の花が咲いているので、まだ寒いけれど、

嬉しくて、着ているものを一枚減らす。

くすんだ部屋の壁紙を、

薄く光るベージュに貼り替えようかと、奥さんに話す。

グーグル画像で、ある絵が目にとまり、

その作者に絵を譲ってもらおうかなどと、また余計なことを考える。

今年こそと、

早めに、カヌーを浮かべる湖とその準備を、

着々と計画する。

そして、いつものように空を眺めていると

思いはさらに加速し、

あと数年なのか数十年なのか知らないが、

私は確実に死ぬのだということを改めて認識し、

それなら好きに勝手に生きようと、

さらに自由度の高い生き方にシフトしようと企む。

山が芽吹く頃、

街が一望に見渡せる丘にクルマを止め、

iPadを取り出して、マレーシアの地図をみていると、

銀色のスーツケースが欲しくなった。

ネットショップで銀色のスーツケースを眺めていると、

やはり私はひとりなのかなと思い、いやそうではないと、

家族に電話し、あいつにメールを出し、

元気ですかと…

結局、どうやって生きてゆけばいいんだろうという思いは

空回りをはじめ、

それは哲学の書にあると確信して、図書館を検索し、

街の本屋へ足を運ぶ。

銀色のスーツケースのことはすでに忘れ、

帰りに古びた喫茶店でコーヒーを飲んでいると、

ガラス窓の向こうに見える夜のネオンが、

とても毒々しくて美しいことに気がついた。

ああ、すべては絵空ごとなんだと思うと、

なんだかコーヒーはいつにも増しておいしく、

人は浮き草なんだと思うと、

なんだか嬉しくなり、

読みかけの哲学書を閉じ、

代わりに、

私は、

地球最後の日を、考えるに至った。

後悔と知恵と

私たちには、後悔するという習性があるらしい。

時間を遡る、ということ。

が、ものごとがやり直せる訳ではない。

後悔はそして、心に暗い影を落とす。

なので、

或る人はいつからか後悔しないと言い張るようになった。

後悔という心の動き。

すなわち、立ち止まり、立ち尽くすこと。

が、立ち止まることは、即ち思考のときであり、

自らの日々の点検にも適しているともいえる。

そして、立ち尽くすことは時間と思考の海原をさまようことであり、

ここから、創意する術が旅立つことに気づくべきだ。

さまようことは後に生きる糧となり、

自らを知ることと心得えたとき、

辛く、奈落のような時間も、

それをかみしめてこそ、救いとなるのかも知れない。

このように、閉ざされた時間には意味があり、

役割がある。

私たちはこうしたものを避けず、尽力すべきであり、

この思考なくして、

生きる意味を見いだすことはできない。

疾風のように過ぎる、たかだか百年幾ばくかの人生に、

息づかいを吹き込む術があるとするならまた、

時間の中に立ち止まることも悪くない。

そこに何があろうと、

過ぎてゆくものと来るべき時の中に身を委ね、

自身、消えそうな程小さい宇宙の生命なのかもしれないことを認識し、

それを感じ、味わい尽くすことで、

私たちは苦痛の中からでさえ、

生きていることの意味についての序章を、

新たにつくることができる。

こうして人は、立ち止まり、立ち尽くすことでのみ、

生きてゆく真意について考え、

やがてそれについての制作物のひとつとして、

自分というもの、そして人生についてのなにがしかを、

ぽつりぽつりと

語り始めるのかも知れないのだから。

テレビという装置

疲れたアタマを休めるためにはどうしたらいいかということで、

私はテレビをつけることを推奨する。

テレビは、天気や映画やドラマ、ドキュメンタリーなど、情報の他、

楽しみはいろいろある。

が、とみに疲労しているときは、ワイドショーやバラエティを観る。

なんだか大変そうな話題や面白そうな話が満載なので、こちらもつい

その話にのる。

ほうほう、そういうことなんだ。そうそう、そうゆうネタね?

と、こちらも引き込まれる。

そんなことで、1時間でも観ていれば、疲れは軽減され、

あーあとなって、リラックス状態に入り、脳は居眠りを始める。

いや、ヒートしたアタマが冷却され、低回転へとシフト、

程よいアイドリング状態となってくれることだろう。

その効用は大きい。

かように、テレビとはありがたいものだと合点がゆく。

テレビには、人知れぬ効用と癒やしが、密かに仕込まれているのだ。

世間で言われるテレビへの非難など、あまり意味はないのではないか?

小難しいことなど、テレビには必要ないのだ。

番組は、楽しくテキトーに考えて頂きたい。

テキトーが、いまテレビには求められている。

テキトーな番組づくりには、倫理も中立も真実もいらない。

そんなことは目に見えていた。

だから、今日のようなテレビとなったのだ。

これは、みんなの総意であり、要望の結果なのだ。

大事なのは、疲れた現代人を如何に癒やしてあげられるか。

この一点に注視し、いい加減な番組づくりを心がける。

テレビは、思考停止装置として、いま

その役目を全うしている。

噺二題

100円の運勢

ダイソーとかキャンドゥとかをうろうろしていて、なんかないかな?と。

いや、買うものがあって「ヒャッキン」なるものへ

行ったことがあります。

私ははじめ、ああいうところはロクなものがなく、

つまんない金を使ってしまうと、

バカにしていました。

が、最近違います。充実しています。

えっ、これが100円って、驚くものばかりです。

茶碗とか湯飲みも100円。絵の額も100円。えーい、まな板も100円です!

なんでも100円。

「これいくらですか?」って店員に聞いているじいさんがいましたが、

この勘違い、分かります。

で、あるとき本がずらっと並んでいまして、もちろんすべて100円。

私はひぃひぃ言って、このなかの運勢の本を買い、

家へ帰って読んでみました。

普段は、年の始めか年末に、高島易断みたいなものを

買っておくんですが、今年はこれでいいだろうと…

で、読むと何を言いたいのか分からないような箇所が多く、

文章も怪しい。

で、今年は吉か凶かというデリケートなところも、ほぼ曖昧。

ま、こういう運勢本は、曖昧ななかにも

「○○はいいぞ、だが○○に気をつけろ」的な表現がある訳ですが、

この本の場合は、そこがわかんない。

このとき、ついでに星座の本も買ったんですが、こっちは更にひどく、

ぺらぺらやって、数分後には投げ捨てていました。

どうです? 100円で知る運勢。イケマセン。

今年は、安っぽい運となってしまいました。

宝くじ売り場の前を通ると

以前、私は宝くじなるものを、やはりバカにしていまして、

あんなものは当たる筈はないと…

が、サラリーマン時代に、宝くじ部長みたいな人がいまして、

この人が宝くじを熱く語るので、彼のまとめ買いに付き合いました。

で、何回目かに当たったんですね! 私はこのとき、

ホントに当たるんだと、感心しまして、

みんなに1万円ずつだか分配されまして、それで飲んだ記憶があります。

しかし、それからずっと宝くじは買わず、人間はやはり地道だろうと!

働く対価としてお金を頂くんだろうと考えておりまして、

ああいうもんに夢中になる奴はけしからん的に見ておりました。

が、あるとき、街の宝くじ売り場の前を歩いていると、

この売り場から1億円出ました!!!って書いてある張り紙を見て

驚きまして、うわーって、3000円買ってしまいました。

で、結局なにも当たらない。が、最近またまた、

「宝くじが気になる病」が出て参りまして、

あの売り場の前を通ると、じっと立ちつくし、

張り紙を眺めている私がいるんですね?

で、100万円か、ちっ安いな、とかエラソーにやってるんですね。

結局、震災復興宝くじにハマリまして、というか妙に気になりまして、

宝くじ売り場の前を通るときは、いちいち時間がかかる私でした。

安っぽい私のヒューマニズムから考えて

叩かれても、殴られても、なかなか泣かない自分。

まず、過去を遡っても、そうしたところがある。

そして、理性で整理する。論理的に問題を分析し、

問題解決の糸口をみつける。

そんなことを日常的思考でくぐり抜けてきたような自分だが、

そもそも、私はそんな強い人間でもなく、普通のおっさんだと、

強く思うことがある。

それは、

ほんの些細なできごとや、瞬間に訪れる。

砕いて話せば、それは浪花節的な思考を始めたときに、

訪れる。

その辺りを突かれると、弱い自分・弱い私はたちまち戸惑い、

ときに、それは涙という形で現れることもあり、

それが、自分の本来の性格なんじゃないかと

自己分析することがある。

それは例えば、

戦争時のドキュメンタリー映像を観たり、

特に、若い特攻隊の出撃前の様子を映した古いフィルムなどに、

自分はつい丸裸になってしまうのだ。

今日は3月11日。

14時45分に、テレビをつける。

これは意図してつけた。

震災の黙祷の時間だ。

あれから1年が過ぎた。

追悼式でのことばが、とても身に沁みる。

静かな時間。

庭に目を移すと、窓にうっすら陽がさしている。

ああ、

現地の映像はもう観たくないので、テレビを消そう…

こんなものを延々と観るほど、こちらはタフではない。

自分は、たった一年前のこの地震の前後のことを、

よく覚えていない。

震災の後、計画停電に暗い町を歩き回ったこと、

ガソリンを入れに必死に走り回ったこと、

とても寒い日に丘の公園に一人で行き、

群青色の空を眺めていたことなどが

散発的に脳裏に浮かぶ。が、

去年の今日の記憶は、完全に消えている。

私は、今回の震災で亡くなられた方々のことを考えるにつけ、

追悼式で、御霊と呼ばれたことに、

ある種の特別な引き金が、自分のなかで引かれたように思う。

それは、自分がずっと隠していたものなのかも知れないし、

眠っていた無意識が突然吹き出してきた瞬間なのかも知れない。

(私は別段、右翼でも左翼でもなく、強いて挙げれば普段は

自由人をめざしている)

御霊。

私は、この言葉の何を知っているのか、

自分ではよく分からないが、

ただ辛くなる。

それは、先の敗戦にも通ずる、

私たち日本人の共通意識としての

「暗い淵」が見えてしまうこと、ではないかと。

安っぽい私のヒューマニズムから考えて、

今回の震災の犠牲者は、先の戦争犠牲者にも通ずる重さを、

私たちに突きつけている。

東北の方々には、一日も早く復興してもらいたいし、

そこに「絆」は欠かせないだろう。

が、

私はあのとき、

御霊となるものが何を見て、

どう感じて動き、

どうした様子で、

どう苦しんで、

果たして、

この地上から去ってしまったのか?

先を見ようとする前に、

必ず立ち止まって、そこを考えている自分に、

いまはただ、

嫌気がさしているのだが…

雑感5題

東京ガールズコレクション

上手い商売を考えたもんだ。
旬の芸能人や名の知れたモデルに服を着せ、
話題をつくる。

テレビ、雑誌も相乗り。気にいったものがあれば、
その場で買える。
派手な演出、女の子たちのボルテージも上がる。

まあ、こういうところへ出てくるモデルさんというのは、
抜群にスタイルが良いし、
着ている服が果たして自分に似合うかどうかなんていうのは
どうでも良くて、とにかく売れるらしい。

僕がもし女の子だったら、絶対にこういう所へ行かないし、
同じような服は買わないな。

流行には乗れるかも。が、着させられている感じが溜まらなく
許せない。

女の子だったら、お洒落に命をかける。
その位の意気込みが欲しいな、と思う。

と、こんな考え方が、そもそも男並みなのか?

でですね、あのモデルさんって、なんでみんな同じように、
ハーフ顔なんですかね?

俺さま目線で見ると、全く綺麗ではない。よく分からない。
まっ、いいか!

ほっといてくれよ!

タイトルにした典型が、役所から来るメタボのお知らせだ。

定期検診を受け、まあそこそこの結果。

やれやれ、面倒な病気もなさそうだし、向こう一年間は
難なく働けそう。と気を抜いていると、或る日
ポストに一枚のハガキが届く。

曰く、あなたはメタボという病気です。

うるせぇなあ! 

ほっといてくれよ!

で、コイツらは何が言いたいかというと、あなたは太っているので、
病気へのリスクが高い。ひいては○月○日に健康セミナーをやるので、
いらっしゃい。為になることを教えましょう…こんな具合。

日にちを見ると、すべて平日の、働き時だ。
セミナーは、働く方の為の土日開催は、一切やらない。

こんな税収の減っているときに、役所が何やっているんだか。

ははぁ、受け皿的な部署か団体の仕業だなと勘ぐる。

そんなことはいいから、君らはもっと身のある仕事をしろよ。

で、ほっといてくれよ!

五本指の靴下

あることがきっかけで、靴下を替えました。

シルク100パーセントの五本指の靴下です。

これって、水虫にならないとか体の毒を出すとか言われていまして、
ホントですか、というのが本音。

僕の指の形は変なので、指の一本一本が靴下とフィットしない。

で、履くときと脱ぐときが面倒で嫌になる。

先日、ちょっと食い過ぎたのか、苦しいと思った途端、
まず、この靴下を脱ぎ捨てました。

足の指だって、締め付けられると苦しい。
ウエストではなく、足の指が苦しがっている。

人間の体って、不思議です。

目覚める、に関して

僕は、最近眠くなるのが早くて、まず12時前には
寝てしまう。

早いときは、10時や9時に寝ることもありましたが、
これではさすがに朝が早すぎて、ズラシました。

で、就寝前に読書をするのですが、大好きな藤沢周平の
時代物で、2・3ページが限界です。

全然長く読めないのです。ワクワクする場面でも、
ハイ終わり。気がつくと朝でしたとなってしまう。

最近いろいろ考えまして…

で、僕が思ったのは、僕が寝ているときって
ホントにベッドにいるのかってことであって、
ひょっとすると、僕はこの地球を抜け出し、
M78星雲に帰っているじゃないかってこと。

このことに関して、ふざけている訳ではなく、
僕は割と真剣に思っている節がある。

このきっかけは、お袋。
お袋はいま要介護なんですが、なんだか彼女と話していると、
この世の常人とは違う感じがする。

で、どう違うんだろうと話していると、どうも遠い人たちと
会話を交わして、それを僕に話しているような…

まっ、それがきっかけです。

父のこと

もう、親父が亡くなって8年くらい経ちますが、
生前、僕は彼と全然気が合わなくて、
ろくに口をきいたこともありませんでした。

これは私がちいさいときからでして、親父は僕に無関心。
というか、そもそも家庭内離婚の家だったので、
僕は早く家を出たかった。

とにかく家が落ち着かないので、私は友達の家を泊まり歩いていました。

18のときでしたか、僕が将来の進路を考えたとき、
親父を一度試したことがありまして、
彼に就職の世話を頼んだことがあります。

親父は当時公務員でしたが、その時代はコネなんて話は、
いくらでもありました。

実際、親父は数人の就職の口利きをして、
役所へ送り込んでいましたから。

で、僕にすればデタラメなんですが、就職のお願いに関して、
親父は即座に拒否しまして、後日お袋にこう言ったそうです。

「あいつを世話なんかしたら、俺の恥になる」

なんだか親父のリアクションがおかしくて、
妙に納得してしまう僕でした。

彼は後年、私に遺書を託しました。

その内容は、彼の無念が滲むもので、
彼の一生を覗いたようなものでした。

親父の墓はいま、横浜の高台にありますが、
墓前に向かうと、いまでも涙がでるのは何故なのか、
私にも分かりません。