前号までのあらすじ
(南の島でのスローな毎日は
僕を蘇らせ、
そこで出会った彼女のことは
いまでも気にかかる
僕は
一大決心をして会社を辞め
再び南の島を訪れる)
島の内海に向いた
急斜面に立つコテージの一室で
以前と全く同じように
冷えたジントニックを飲み干す
冷房が程よく効いた部屋で丸二日
僕は怠惰に眠り続けていた
マングローブの繊維で編み込んだ
ベッドの脇の敷物に寝ころんで
相変わらず
かったるそうに回っている
天井のファンを眺める
チェックインしたとき
フロントの金髪の女性は僕を覚えていてくれて
「ハーイ」と
とてつもない笑顔で迎えてくれたのが
とてもうれしかった
そして、彼女は
前回と同じコテージの同じ部屋を
僕に提供してくれたのだ
それは旅人が
久しぶりに我が家に帰ってきたような
安堵感であり
この二日間の怠惰も
東京での狂ったように働いたツケとして
当然起こりうる代償だったのかも知れない
部屋の隅に
僕の大きなハードキャリーと
オレンジのリュックが転がっている
思えば
これが僕のいまの生活品のすべてだ
これからどうするか
自分なりに考えたことはあったが
それもいまは無意味のようにも思える
とりあえずは
自分を見つめ直すことが先決だろう
その鍵がこの島にある
僕はそう感じていた
そしてもうひとつ
ジェニファーがまだこの島にいるのか
ということ
それはとても気にかかることであり
僕をかなり不安にさせることでもあった
それは僕が彼女以外
いまは考えていないという
自分なりの想いでもあった
島へ着いて3日目
僕はやはり以前と同じHONDAのバイクを借りて
いよいよコロールへと向かった
「スピード出すな」の標識を相変わらず無視して
砂利の山道をかっ飛ばす
橋を渡り
舗装路に入ると
HONDAを一気に加速させ
コロールの中心にあるスーパーに辿り着いた
バイクを止めると風が止まり
汗が噴き出した
南の強い陽射しが
東京から来た柔な肌を
じりじりと焼く
それは僕にとって心地の良い刺激であり
この島の歓迎の挨拶のように思えた
スーパーに入り
コーラとキャメルを買って
僕はこの島の人と同じように
椰子の葉の根元に寝転がって
通りを眺める
横では
犬と飼い主らしきおじさんが
腹を出して寝ている
この島の流儀は
なにもかもがスローなことであり
誰もがすべてに対して必死ではない
ということなのかも知れない
それは
良いか悪いかではなく
この島の自然の摂理からくるものであり
例えば人生に対しても
彼らはそのように考えているフシがある
スローな人生
それも悪くはないなと僕は思った
汗で乾いた体は
コーラを流し込むと
そのメンソールのような爽やかさが
隅々にまで沁みわたり
呼吸はやがて穏やかに深く
僕を安堵させ
真の自分に戻っていくような気がした
そしてキャメルを一本取り出し
深くその煙を吸い込む
やがて起き上がって少し歩くと
遠くに
リーフの白い波しぶきが見える
すれ違うみんなが
「やぁ」と言って笑顔をみせる
もうここの住人と同じように
振る舞えるかも知れないな…
そんな気がした
ふと、通りの向こうから
1台の赤いピックアップトラックが
やってくる
車体に見覚えがある
と、トラックがみるみる近づき
僕に迫ってくる
とっさに身構えると
その赤いTOYOTAは目の前で急停止し
けたたましくクラクションを鳴らした
通りを行く人たちも驚いて
皆がこちらを凝視している
陽がまぶしくて
車内が見えない
ドアが開くと
ステップからスラリと伸びた足が見え
TOYOTAの横に
ブルーのショートパンツに
派手なタンクトップの白人の女が降り立った
ドアウィンドウ越に
懐かしい笑顔が映って
僕をじっとみつめる
ジェニファーだった
呆気にとられていると
彼女は僕に近づいてきて
あのときの笑顔で
こう囁いた
「ようこそ、コロールへ!」
(つづく)