日付変更線 (story8)

前号までのあらすじ

(再び南の島を訪れた僕は

日に日に蘇ってゆく

そして気にかかるのは

ジェニファーのこと

果たして美しい彼女は

まだこの島で暮らしていた)

ジェニファーと再会した2日後

僕は彼女とロックアイランドへ

でかけた

二人を乗せたシーカヤックは

穏やかな波の上を

滑るように進む

木々が生い茂る

小さなこんもりとした島が

幾つも見えてきて

その間を縫うように

漕ぐ

水に触れた風が

二人の汗を乾かし

暑さを柔らげてくれるので

僕たちは

なんとか漕ぎ続けられた

やがて

誰もいない白い砂浜が広がる

孤島に辿り着く

周囲が見渡せるほどの

小さい島だ

白いビーチの向こうに

一本の椰子の木が

風に吹そよいでいる

僕たちはシーカヤックを

浜へ引き上げ

中から手荷物を持ち

椰子の木の下にクロスを広げて

早速寝転がる

真向かいの大きな島には

白い大型クルーザーが停留している

「あれは?」と僕が指さすと

ジェニファーが

「世界中を船でまわっている

大富豪らしいの、

凄いわよね」と言ったが

その表情は

興味なさ気だった

ミラーの缶ビールを飲みながら

彼女が最近覚えたという

手作りの椰子蟹グラタンを食べてみる

「美味いね」というと

彼女が「ホント」と嬉しそうに笑う

「ホントさ、これは美味い」

僕は

東京の会社を辞めたことを話した

彼女は「そうなの」と言って

遠く波間の辺りを眺めている

「これからどうするの?」

「働くさ」

「そうね」

「この島の観光ガイドとかって

どうだろう?」

「ええ、いいんじゃない」

ジェニファーが少し笑う

僕は彼女に尋ねる

「ジェニファーこそ

なんでアメリカへ帰らないの?」

彼女が少し戸惑ったように間を置く

「例の彼は帰国したのよ」

彼女がキッパリと言う

「そう」

「私はね、いろいろ考えた末、この島に残ることにしたの」

「彼は?」

終わったの、と彼女が言うと、

飲み終わったミラーの缶を

白い砂の上に放り投げた

二人は沈黙し

長い時間が過ぎた

耳に囁く海風と

白いビーチに打ち寄せる波

遠いリーフの泡立ちの音が混ざって

この島の音楽になる

僕はこのとき

何故だか不意に

生きていることにとても感謝してた

それは生まれて初めての体験であり

とても不思議な感覚だった

ジェニファーが

「私ね、いま島の東にある浜で

お店を始めたの」

とつぶやく

「そう」

「店のオーナーがオーストラリアに帰国して

後は好きにしていいよって…」

「ふーん、大胆だね」

「金持ちだからね」

彼女がぺろっと舌を出す

聞けば

その店は簡単な食事と

ドリンクと島の花と

貝殻のアクセサリーを扱っているという

「おもしろい?」

「うん、とても」

ジェニファーが続ける

「お店ってね、やってみると大変なの、

結構朝からてんてこ舞い

なのに

あまり儲からないのが笑えるわ」

僕が

「この島に対する

国別ごとの観光客が求める

嗜好についてのマーケティング・プランを

作成してみようか?」

とふざけると、彼女は

「そのマーケティングという言葉は

聞きたくないわ」

と大げさに笑った

陽が波間に近づき

空と海がオレンジに色づいてきた

「そろそろ帰ろうか?」

僕が立ち上がると

彼女がおもむろにこう言った

「この話のつづきを

カープレストランでしない?」

「OK!そうしよう」

(つづく)

日付変更線 (story7)

前号までのあらすじ

(南の島でのスローな毎日は

僕を蘇らせ、

そこで出会った彼女のことは

いまでも気にかかる

僕は

一大決心をして会社を辞め

再び南の島を訪れる)

島の内海に向いた

急斜面に立つコテージの一室で

以前と全く同じように

冷えたジントニックを飲み干す

冷房が程よく効いた部屋で丸二日

僕は怠惰に眠り続けていた

マングローブの繊維で編み込んだ

ベッドの脇の敷物に寝ころんで

相変わらず

かったるそうに回っている

天井のファンを眺める

チェックインしたとき

フロントの金髪の女性は僕を覚えていてくれて

「ハーイ」と

とてつもない笑顔で迎えてくれたのが

とてもうれしかった

そして、彼女は

前回と同じコテージの同じ部屋を

僕に提供してくれたのだ

それは旅人が

久しぶりに我が家に帰ってきたような

安堵感であり

この二日間の怠惰も

東京での狂ったように働いたツケとして

当然起こりうる代償だったのかも知れない

部屋の隅に

僕の大きなハードキャリーと

オレンジのリュックが転がっている

思えば

これが僕のいまの生活品のすべてだ

これからどうするか

自分なりに考えたことはあったが

それもいまは無意味のようにも思える

とりあえずは

自分を見つめ直すことが先決だろう

その鍵がこの島にある

僕はそう感じていた

そしてもうひとつ

ジェニファーがまだこの島にいるのか

ということ

それはとても気にかかることであり

僕をかなり不安にさせることでもあった

それは僕が彼女以外

いまは考えていないという

自分なりの想いでもあった

島へ着いて3日目

僕はやはり以前と同じHONDAのバイクを借りて

いよいよコロールへと向かった

「スピード出すな」の標識を相変わらず無視して

砂利の山道をかっ飛ばす

橋を渡り

舗装路に入ると

HONDAを一気に加速させ

コロールの中心にあるスーパーに辿り着いた

バイクを止めると風が止まり

汗が噴き出した

南の強い陽射しが

東京から来た柔な肌を

じりじりと焼く

それは僕にとって心地の良い刺激であり

この島の歓迎の挨拶のように思えた

スーパーに入り

コーラとキャメルを買って

僕はこの島の人と同じように

椰子の葉の根元に寝転がって

通りを眺める

横では

犬と飼い主らしきおじさんが

腹を出して寝ている

この島の流儀は

なにもかもがスローなことであり

誰もがすべてに対して必死ではない

ということなのかも知れない

それは

良いか悪いかではなく

この島の自然の摂理からくるものであり

例えば人生に対しても

彼らはそのように考えているフシがある

スローな人生

それも悪くはないなと僕は思った

汗で乾いた体は

コーラを流し込むと

そのメンソールのような爽やかさが

隅々にまで沁みわたり

呼吸はやがて穏やかに深く

僕を安堵させ

真の自分に戻っていくような気がした

そしてキャメルを一本取り出し

深くその煙を吸い込む

やがて起き上がって少し歩くと

遠くに

リーフの白い波しぶきが見える

すれ違うみんなが

「やぁ」と言って笑顔をみせる

もうここの住人と同じように

振る舞えるかも知れないな…

そんな気がした

ふと、通りの向こうから

1台の赤いピックアップトラックが

やってくる

車体に見覚えがある

と、トラックがみるみる近づき

僕に迫ってくる

とっさに身構えると

その赤いTOYOTAは目の前で急停止し

けたたましくクラクションを鳴らした

通りを行く人たちも驚いて

皆がこちらを凝視している

陽がまぶしくて

車内が見えない

ドアが開くと

ステップからスラリと伸びた足が見え

TOYOTAの横に

ブルーのショートパンツに

派手なタンクトップの白人の女が降り立った

ドアウィンドウ越に

懐かしい笑顔が映って

僕をじっとみつめる

ジェニファーだった

呆気にとられていると

彼女は僕に近づいてきて

あのときの笑顔で

こう囁いた

「ようこそ、コロールへ!」

(つづく)

日付変更線 (story6)

前号までのあらすじ

(東京に疲れた僕は

休暇で訪れた南の島で

蘇り、そこで出会った

彼女に恋をする。

東京へ戻ると

やはり馴染めない何かが…

僕は一大決心をして

会社を去ることにした)

会社を辞めた一週間後

僕は千葉の海へとでかけた

湘南はなんとなく晴れやかそうなので

いまの僕にはふさわしくない

そんな気がした

世田谷のマンションを出て

首都高から京葉道路を突っ走ると

館山もそう遠くは感じない

穏やかに打ち寄せる波に足を浸し

夏間近の日差しを受けて

僕は、遠くの景色を眺めていた

銀色の機体が

小さく

青く抜けた空に光る

(あの飛行機は何処へ行くのかな?)

僕はあの島でのできごとを

思い出していた

が、僕は考えを遮り

自分のこれからを真剣に考えなくては…

と思った

交錯した考えを整理するため

僕は勢いTシャツを脱ぎ捨て

浜に寝転がり

自らを問い正してみた

雲がぽかんと

ひとつふたつと流れていく

いつしか僕は

去年の春に係わった

デパートでのイベントの仕事のことを思い出していた

私のいたチームは

リゾートというコンセプトで

ゴーギャンという画家の絵を中心にした

アートとファッションのフロアづくりをした

そのとき

ゴーギャンという画家を知るにつれ

僕はこのアーティストに惹かれた

作品のもつ奔放さや大胆さはもとより

彼の一種独特の感性に惹かれたのかも知れない

正確にいうと

僕はゴーギャンという人の生き方に

特別な思いがあったかのような気がする

ゴーギャンは当時、いまで言う

サラリーマンだったようだが

恐慌が起きてその生活に不安を覚え

絵描きに専念したという

が、彼は西洋文明に絶望して

フランスを去ったという記述もある

後、ゴーギャンは

カリブやポリネシアの島々を転々とする

そして

タヒチの島の少女に恋をして

彼はそこで生涯を閉じる

彼の絵は

当時売れなかった

そして祖国フランスでも

彼は奥さんに愛想を尽かされている

彼が生涯幸せだったのかどうか

それは書物から読み取ったとしても

真意ではないだろう

だいたいにおいて

彼はいたたまれない人生だったと

記述してあるものが多いのだから…

だが、ただ一点

僕は彼の最後の恋に注目していた

千葉の海へ行った半月後

僕は成田空港を旅立った

サイパン・グアムを経由する

コンチネンタル航空のその便に

忙しそうなビジネスマンの姿は

皆無だった

その路線は

いわば空の各駅停車のようなコースなので

CAも花柄のワンピースで

どことなく陽気だった

世田谷のマンションは引き払い

残った荷物を実家へ預けたとき

両親から

「これからどうするんだ?」

と聞かれて僕は

「とにかく考えたい」

とだけ答えていた

トランジットで

グアムのパシフィックアイランドホテルで

軽い休憩の後

僕はいよいよ南太平洋の島々を飛ぶ

懐かしい路線に乗り換えていた

紙のように華奢に見える翼は

相変わらずよく震えている

この翼に僕はよく不安を覚えるが

どこまでも続く空と海原を見ていると

少し気が休まるのだ

途中で立ち寄る島々の空港は

まあ掘っ立て小屋のようなもので

滑走路は貝を潰したもので慣らしてあった

そんな訳で

離着陸時はよく揺れ

気が休まらない

やがて

コンチネンタルの機体は

南太平洋の大海原にかかる

日付変更線を越え

僕をあの懐かしい島へと

誘う

(つづく)

日付変更線 (story5)

前号までのあらすじ

(南の島で偶然に出会った

ふたりは島の小さなレストランで

落ち合う

僕はジェニファーと語らい

そしてなんとなく好きなのかなと

思うのだが

彼女の意思も確認しないまま

帰国する

そして、いつもの日常が戻ったのだが…)

東京へ戻って半年が過ぎた

僕は相変わらず

来る日も来る日も原稿に追われ

夕方になるとぐったりとして

以前と同じように

ビールを口にしていた

季節は初夏に変わっていた

僕がこの業界へ入ったのは

大学卒業と同時だが

最初にいた職場では

営業枠採用だった

制作希望だったのだが

夢は叶わず

最初は得意先回りから教えられ

次第に新規開拓へと移った

このときだったと思う

大きな競合プレゼンの機会が与えられ

僕らのチームはそれを勝ち取ったのだが

このとき

良くも悪くも

僕の考えたコンセプトが採用されたのだ

が、結果的に

このことで僕と制作の連中との間に

溝ができてしまった

両者のしこりは残り

僕はそれを機にその会社を辞ることにした

そして、制作の人間として

改めてこの会社へ入ったのだ

元々

希望は制作だった

だから最初の会社でも

転職の機会は伺っていたし

営業職の枠を越えて

制作過程にはいつも目を凝らしていた

会社の帰りには学校に通い

専門のカリキュラムも受けていたので

自分なりに自信はあったが

やはりここへの転職も

それなりに難関だった

現在の会社は

どちらかというと制作に重点を置いていて

社内には5チームからなる制作チームがあり

僕は第3チームで

主に百貨店を担当していた

いまは夏のバーゲンを見据えた制作で

チームがまるごとオーバーヒートしている

僕はいつものようにため息をついて

窓の外に目をやる

(今日も徹夜だ)

青山通りは相変わらず

この時間になるとクルマが溢れ

どこもノロノロ運転のようだ

僕はクルマの流れと喧噪を突き放すように

今日も島でのできごとを

反芻していた

デザインチーフの間島が

相変わらず気むずかしい顔をして

若手に檄を飛ばしている

で、僕と目が合う度に

「お前、やる気あるのかよ?」

という目をする

僕は前々から用意しておいた封筒を

引き出しの一番奥から取り出す

そして決意は固まっていたので

いよいよ席を立ち

役員室へと向かう

長い通路を

僕は颯爽と歩く

二度ほどしか入ったことのない役員室のドアの前で

僕は軽い咳払いと深呼吸をして

ノックをする

ここの制作責任者の岡田部長は

この業界では知らない者はいないという人だが

ホントはどういう人か

僕はいまだに知らなかった

それはコピー年鑑で彼の作品を見ただけで

この会社へ入ってからも

ほぼ彼とは口を聞いたことがない

職場の連中はよく仕事に行き詰まると

彼に相談に行くらしいが

僕には縁遠い人だった

ドアを開けると

彼はデスクに足を投げ出し

僕がいま担当している百貨店のデザインラフに

目を通している最中だった

「何?」

「はあ、あのこんな時期に唐突なんですが…」

と続けて、僕は退職願いを彼の足元へ差し出し

辞める意思を端的に話した

岡田部長は不敵な笑いを浮かべ

「そうか」と言い

相変わらずラフに目を通していた

「で、これからどうするの?」

「いや、あまり深くは考えてはいません」

「いるんだよね、そういうの

君もそのタイプだったんだ」

岡田部長は

後ろの壁に貼ってあるスケジュールに目をやり

おもむろに受話器をとると

人事課に繋いだ

その姿は彼独特の横柄さが滲み出ていた

僕にとっての緊張の時間が続く

人事とのやりとりが数分続いた

岡田部長は

「あーぁ」と言って僕の顔を見ては

薄笑いを浮かべる

その表情はふて腐れているようにも見えた

受話器を置くとおもむろに

「基本的にOK

なんとかなるようだね」

と僕に告げた

「ありがとうございます」

僕は丁寧に頭を下げ

いま来た廊下をゆっくりと噛みしめながら歩いた

(つづく)

日付変更線 (story4)

前号までのあらすじ

(島でエンジントラブルの

僕を助けてくれたジェニファーと

食事の約束を取り付けたのはいいが

バイクを借りたホテルのボーイから

意外な話が…

それは彼女にまつわる

雑多な話題なのだが…)

昼間の熱気が籠もった車内

僕は窓を全開にして

南へクルマを走らせる

遠くのリーフから

珊瑚礁にぶつかる波が夕日に光る

島の突端に

確かにカープレストランはあった

レストランと言っても

古い船を改造した停留船であり

道路沿いにはちっちゃなネオンひとつしかない

打ち寄せる波に揺れた階段を降りて

船内へ入ると

窓際のテーブルにジェニファーが座っていた

彼女が振り返る

ブルーの縦縞のワンピースが揺れ

初めて彼女が微笑んだ

「ハーイ」

「先に来ていたんだね、今日は来てくれてありがとう」

先日とは打って変わって

彼女は女性らしい仕草で僕を迎えてくれた

「そのワンピース、似合うね?」

「ありがとう」

笑顔がこぼれる

二人で

フィッシュチップスとココナッツジュース

バドワイザーとピザを注文すると

ジェニファーが

夕陽が素敵なのよと

船窓のガラス越しに外を指さす

僕もつられてのぞきこむ

水平線がきらめいて

遠い島々が夕陽に照らされ

それぞれがシルエットになって

影絵のように揺らめいている

「サンセットはいいね」

「ええ、わたしはこの島の

この時間が好き。ここの夕陽は

フロリダもかなわないのよ」

ブルーのワンピースが

夕陽のオレンジ色に照らされて

不思議な彩りをみせた

彼女の揺れるようなまなざしも

憂いに満ちているように光る

「アメリカに帰りたい、のかな?」

「えっ、何て言ったの?」

「いや、今日のジェニファーは素敵だねって」

「そう、ありがとう

あなたは、そう、まあまあね」

ジェニファーがケラケラと笑う

僕は彼女に

先日のお礼を丁寧に伝える

そして僕の仕事が

ジェニファーと同じ広告関係と知ると

彼女はとても驚き

人は見かけによらないわね、とまた笑う

船窓の向こうは次第に暗くなり

ふたりは店の飾り付けを眺めながら

島のたわいない話をする

ビールをジンに変え

私も飲むわと彼女が言った頃には

港に浮かぶブイの蛍光塗料だけが光って見えた

フォークでヌードルを啜っていた

外人の団体さんも帰り

店内はふたりだけとなった

そして僕たちは

日本とアメリカの広告表現について

話が盛り上がっていた

彼女がコカコーラの日本でのプロモーションを

聞いてきた

が、僕はふいにそれを遮って

例の話を切り出してみた

「で、彼氏は元気なの?」

「ええ、元気よ!

あの最低の彼ね」

ストレートな物言いだった

「ジェニファーの言う最低の彼って

一体どんな奴なんだい?」と僕

「うーん、そうね。規則をしっかり守る

誠実な人ってとこかな」

「それが最低?」

「そう、最低」

「ふ~ん」

僕とジェニファーは

それからジントニックを3回注文し、

すべてそれを飲み干した

「このジントニック、ジンが少ないわ」

とジェニファーが言う

「いや、かなり酔いが回ってきているぜ」

「あら、あなたサムライじゃないの?

サムライはサケに強いと聞いたわ」

「僕はサムライじゃない、

僕はね、根無し草なのさ」

ジェニファーがケラケラと笑う

ふたりはそれからニューヨークアートや

やはり広告の話に戻り

クリエイティブに関することで

話が長々と続いた

彼氏に関する話題は

例の彼女の一言で終わっていた

カウンターの横にあるジュークボックスにコインを入れ

僕とジェニファーは曲を探す

「ここはやはりクラプトンね?」

「いや、サンタナだな」

「クラプトン聴きたいわ」

「しょうがない、譲るか」

店内に「Change the World」が流れ

片付けが終わったマスターが

踊ったらと、笑いながら目で合図をする

僕はジェニファーの手を取り

彼女を誘う

メローな音に酔うように

彼女がステップを踏む

そして彼女が語りかける

「あなたは、あまり規則なんか関係なさそうね?」

「規則?

規則は守るためにある!

いや、破るためかな?」

彼女がまたゆっくりと微笑んだ

「君は笑っている方がいいね」

「そう、ありがとう」

店を出ると何もかもが見えない程に暗く

港に浮かぶブイだけが光っていた

「今日は新月、おまけに曇りね」

「どうりで何も見えない。けど、新月は

ものごとの始まりを意味する。

僕らはどうだい?」

彼女はそれには答えず

僕に近寄る

そして

ふたりはずっとキスした

(つづく、かも…)

日付変更線 (story3)

前号までのあらすじ

(南の島で、バイクが
エンジンストップ!

ホテルまではもう少しなのだが
辺りはみるみる暗くなってくる始末

僕は途方に暮れる

そこに1台のピックアップトラックが
現れて僕は救われる

助けてくれたドライバーのジェニファーは
美人だ

僕は彼女を島のレストランへ誘い
OKを取り付けた)

ホテルの内庭に入り

バイクの持ち主の島のボーイを呼んだ

「やはりトラブルか」

彼は笑いながら、この故障はしょっちゅうだし

今度直そうと思っていたことを

話してくれた

「申し訳ない」

彼に素直に謝ると

そんなことはどうでもいいじゃないかと

言ってくれる

お礼になにかおごるよという僕の申し出に

じゃあ飯でも食わないかと言う

「OK、そうしよう!」

彼は興味深い話を僕に話した

例のジェニファーは、もうかれこれ1年も

この島にいるらしい

そして、ジェニファーを追いかけてきた彼というのが

サンディエゴでも指折りの弁護士だったこと

しかし、いまは仕事もリタイアし

ふたりでこの島暮らしだが

そろそろ彼氏の方が

国に帰りたがっているというのだ

僕はボーイに笑って返した

「そりゃそうだろう、この退屈な島に

そんな奴がいつまでも居られる訳ないよ」

しかし、話はその後が面白かった

ジェニファーは、元々ニューヨークの出身で

バリバリのキャリアだったが

勤め先の広告代理店で大きなヘマをやらかし

サンディエゴへ飛ばされた

で、

失意の彼女をあるパーティーで見初めたのが

彼だったらしい

そして、付き合い始めたのはいいが、

彼の几帳面過ぎる性格を知ったジェニファーは

奴に嫌気がさし、

最後はノイローゼ寸前だったらしいと言うのだ

その彼女を追いかけてきたのかい?

「そういうこと」

ジェニファーも辛いだろうね?

「彼は必死さ、しかし、もうそれも限界らしい」

「ふーん、その彼女と明日約束を取り付けたぜ」

「どこで?」

「島の突端にある、カープレストラン」

「大丈夫なのか?」とボーイ

「何が?」

「彼氏さ」

「関係ないでしょ、オレは彼女に

お礼がしたいんだ、それだけさ」

翌日は、朝からコテージに閉じこもり

じっと内海を見ていた

海面に一筋の線がすっと表れて

何かが泳いでいるようにもみえる

ガイドのポポが言うには

あれは魚ではなく

ワニだという

「海であんな奴とは出会いたくないなぁ」

「大丈夫だよ、ここのワニは人は襲わない」

「そう…そうだった」

つい先日の会話を思いだしていた

陽射しの傾く頃に、僕はようやくシャワーを浴びる

海からの夕風が気持ちいい

ブルーのポロシャツとコッパンに着替えると

パスポートと現金とキーを手に

コテージを出る

階段を駆け下り

天井から羽根が回る

いかにも南国というような建物に入り

フロントにキーを預けて庭に出ると

予約してあったTOYOTAの小型車で

コロールへと向かった

(つづく)

日付変更線 (story2)

前号までのあらすじ

(南の島で、僕のHONDAのバイクが
山の中でトラブルを起こし
エンジンストップ!

ホテルまではもう少しなのだが
辺りはみるみる暗くなってくる始末

あきらめかけた僕は仕方なく
星空を眺めるハメに…)

ジャングルから遠吠えのようなものが

聞こえてくる

近くの木がガサッと揺れる

やはりのんびりとはしていられないのだ

再びバイクにまたがりキックを開始する

ひとつひとつのキックに祈りを込め

それは30回程も続いただろうか?

と、突然クルマのライトが近づいてきて

僕の横に止まった

今日初めての対向車だ

ダットサンのピックアップトラック

運転席から、若い白人の女が顔を出す

「どうしたの?」

「トラブルさ」

「動かないの?」

「そのとおり」

女はその高い鼻に指をもってゆくと

目を上に向けて何かを口走っていた

月明かりにその横顔が浮かぶと

かなりの美人だった

「OK、どこまでなの?」

「この先はホテルしかないと思う」

「そうだったわね」

と言って、ため息をつく

「じゃあ…」と言って

女はひとつだけ条件を出した

それはホテルの300㍍手前でバイクも僕も降ろす

という条件だった

「OK! それより空が綺麗だ

一緒に眺めないか?」

「あのね、私はいま急いでいるの!」

「分かった分かった」

荷台の板を引きずり降ろし

バイクを力いっぱい押す

荷台の上で

女がHONDAのステーを掴んで

引っ張り上げる

やはり白人の女は力がある

と思った

僕がHONDAを押し上げると

「もっともっとパワーを使え」

とほざいている

程なくして、ふたりは

滝のような汗まみれになる

ようやく荷台に収まる頃には

なんだが目と目の合図に

違和感もなくなっている

「ありがとう!」

「いいのよ、じゃあ行くわ」

「ちょっと待って」

「なに?」

「感謝の印に、僕に何か奢らせてくれないか?」

僕は髪をかき上げているこの女に

スーパーで仕入れたミネラルウォーターを

渡す

「いやいいわ」

「どうして?」

「当たり前でしょ?

こういうときは誰でも助けるでしょ

それがルールなの

それ以外何もないわ」

こっちを向いた顔が

デビュー当時のジョディー・フォスターに

似ている

「分かっているよ

しかし僕は君に感謝している

ここで朝までいるのはホント

辛いからね

それを救ってくれたのは君なんだ

僕は君に感謝してなにがいけないのかい?」

「確かにあなたの言うとおりだわ」

女は、いや彼女は

ミネラルウォーターを口にやりながら

少し笑顔になった

「OK! じゃあ明日、コロールのカープレストランでどう?」

「いいわ」

「ところであなた、どこから?」

「東京からだよ」

「やはりね」

「なんで分かるの?」

「なんでって、東京で疲れた男は

みんなこの島へ来るのよ」

「そうか、僕もその一人という訳だね」

「そういうこと」

「で、あなたは?いや名前はなんて言ったっけ」

「ジェニファーよ」

「ジェニファーは何故この島にいる?」

「なんでそんなこと聞くの?」

「僕は自然な質問を君にしていると思うよ」

「…」

ダットサントラックのなかで、

彼女はニューヨーク出身で、いまは

彼氏とこの島に来ていることを

教えてくれた

しかもかったるそうに

ホテルの手前と言ったって

真っ暗だ

ふたりでHONDAを下ろすと

彼女は再びトラックに乗り込んで

そっとホテルの入り口に消えた

僕はHONDAを引っ張りながら

ジェニファーの訳ありな言葉の

ひとつひとつを反芻した

(つづく)

日付変更線 ( story1)

島の内海に向いた

急斜面に立つコテージの一室で

僕は冷えたジントニックを飲み干す

冷房が程よく効いた部屋

マングローブの繊維で編み込んだという

ベッドの脇の敷物に寝ころんで

かったるそうに回っている

天井のファンを眺める

昨日チェックインしたとき

フロントの金髪の女性から

電話は使えませんと聞いていた

なんでも頼りの海底ケーブルが

切れたという

聞けば、深海鮫が、

餌と間違えてケーブルを囓ったとのこと。

この先一週間はどの国との連絡も

やりとりもできない

「まあ、好都合だよ」

ホテルの裏に転がっていたHONDAのトレールバイクを借り

僕は、首都コロールへと向かう

とってつけたような「スピード出すな」の標識を無視して

砂利の山道をかっ飛ばす

バベルダオブ島と首都コロールを結ぶ橋を渡ると

少しづつ掘っ立て小屋のような人家がみえる

舗装路に入るとHONDAを一気に加速させ

島で唯一のスーパーにたどり着く

強い日差しはもうだいぶ傾いていた

インスタントラーメンの他

缶詰や簡単な日本食をカゴに放り込み

ジンを2本とコロナビールをケースごとレジへ運ぶ

景気の良さような日本人と見て

レジの女の子が意味深な笑顔で28ドルと

言い放った

「ありがとう」

カートを押してドアを開ける

日差しは弱まってはいるが

ここは南洋だ

HONDAの荷台に慎重に荷物を括り付ける

脇の木陰で犬が腹を上に向けて寝ている

その向こうにも若い男が寝そべっている

南の島では寝そべることは

とても大事な行為だということが

最近になって分かってきた

必死で働いて生き甲斐を得るという価値観は

ここではあり得ない考え方なのだ

みんな自然の摂理に従っている

吹き出す汗を拭くまでもない

キック一発でHONDAは始動し

島の一本道を疾走すると

風が汗を乾燥させ

遠いリーフの白い波しぶきが見えれば

もうここの住人と同じように

振る舞えるような気がした

コロール島とバベルダオブ島は近代的な橋で結ばれ

ここを通り過ぎる頃は家々の明かりがつき始める

バベルダオブのジャングルの中の砂利道に再び入る

辺りはほぼ暗闇だ

唯一偶に設置された電灯と空の月明かりを頼りに

慎重に砂利道を飛ばす

が、南洋神社を過ぎた頃から

アクセルのスロットルとエンジンの回転音に

嫌な感じの誤差が生じ始め

もう少しで下りというところで

エンジンは止まり

いくらキックしたところで

エンジンは回らない

汗が再び噴き出す

今度の汗は冷や汗かもしれないな

と自分に聞いてみたものの

ここではそんな思考はエネルギーの無駄だ

いい加減に疲れ果て

道ばたに座り込んでたばこを咥える

気がつくと回りはしんと静まりかえっている

荷台から水のペットボトルを取り出し

一気に飲み干す

煙でもずっと眺めていよう

日本との時差は一時間だが

ここは南半球だ

日付変更線を越え

南回帰線の近くの小さな島で

空を眺めるのも悪くはない

そう思うことにした

見上げた空は

ちょっと言葉では言い尽くせない

迫力があった

「輝く星座」という歌があるが

僕はあのメロディーとリズムを聴くと

カラダの隅々が

空の彼方に吸い込まれるよな感覚に陥る

その夢のような心地が

いまはリアルに感じられる

僕はそのとき生まれて初めて

煌めく南十字星を見た

(つづく)

続きを読む 日付変更線 ( story1)

日付変更線その2

前号までのあらすじ

(南の島で、僕のHONDAのバイクが
山の中でトラブルを起こし
エンジンストップ!

ホテルまではもう少しなのだが
辺りはみるみる暗くなってくる始末

あきらめかけた僕は仕方なく
星空を眺めるハメに…)

ジャングルから遠吠えのようなものが

聞こえてくる

近くの木がガサッと揺れる

やはりのんびりとはしていられないのだ

再びバイクにまたがりキックを開始する

ひとつひとつのキックに祈りを込め

それは30回程も続いただろうか?

と、突然クルマのライトが近づいてきて

私の横に止まった

今日初めての対向車だ

ダットサンのピックアップトラック

運転席から、若い白人の女が顔を出す

「どうしたの?」

「トラブルさ」

「動かないの?」

「そのとおり」

女はその高い鼻に指をもってゆくと

目を上に向けて何かを口走っていた

その横顔が月明かりに浮かぶと

かなりの美人だった

「OK、どこまでなの?」

「この先はホテルしかない」

「そうだったわね」

と言って、女はひとつだけ条件を出した

それはホテルの300㍍手前でバイクも僕も降ろす

という条件だった

「OK! それより空が綺麗だ

一緒に眺めないか?」

「あのね、私はいま急いでいるの!」

「分かった分かった」

荷台の板を引きずり降ろし

バイクを力いっぱい押す

荷台の上で彼女がHONDAのステーを掴んで

引っ張り上げる

やはり白人の女は力がある

と思った

僕がHONDAを押し上げると

「もっともっとパワーを使え」

とほざいている

程なくして、ふたりは

滝のような汗まみれになる

ようやく荷台に収まる頃には

なんだが目と目の合図に

違和感もなくなっている

「ありがとう!」

「いいのよ、じゃあ行くわ」

「ちょっと待って」

「なに?」

「感謝の印に、僕に何か奢らせてくれないか?」

僕は髪をかき上げている彼女に

スーパーで仕入れたミネラルウォーターを

渡す

「いやいいわ」

「どうして?」

「当たり前でしょ?

こういうときは誰でも助けるでしょ

それがルールなの

それ以外何もないわ」

こっちを向いた顔が

デビュー当時のジョディー・フォスターに

似ている

「分かっているよ

しかし僕は君に感謝している

ここで朝までいるのはホント

辛いからね

それを救ってくれたのは君なんだ

僕は君に感謝してなにがいけないのかい?」

「確かにあなたの言うとおりだわ」

彼女はミネラルウォーターを口にやりながら

少し笑顔になった

「OK! じゃあ明日、コロールのカープレストランでどう?」

「いいわ」 

「ところであなた、どこから?」

「東京からだよ」

「やはりね」

「なんで分かるの?」

「なんでって、東京で疲れた男は

みんなこの島へ来るのよ」

「そうか、僕もその一人という訳だね」

「そういうこと」

「で、あなたは?いや名前なんて言ったっけ」

「ジェニファーよ」

「ジェニファーは何故この島にいる?」

「なんでそんなこと聞くの?」

ダットサントラックのなかで、

彼女はニューヨーク出身で、いまは

彼氏とこの島に来ていることを

教えてくれた

しかもかったるそうに

ホテルの手前と言ったって

真っ暗だ

ふたりでHONDAを下ろすと

彼女は再びトラックに乗り込んで

そっとホテルの入り口に消えた

僕はHONDAを引っ張りながら

ジェニファーの訳ありな言葉の

ひとつひとつを反芻した

ホテルの内庭に入り

バイクの持ち主の島のボーイを呼んだ

「やはりトラブルか」

彼は笑いながら、この故障はしょっちゅうだし

今度直そうと思っていたことを

話してくれた

「申し訳ない」

彼に素直に謝るとそんなことは

どうでもいいじゃないかと言ってくれる

お礼になにかおごるよという僕の申し出に

じゃあ飯でも食わないかと誘ってくれる

「OK」

つづく

日付変更線

島の内海に向いた

急斜面に立つコテージの一室で

僕は冷えたジントニックを飲み干す

冷房が程よく効いた部屋

マングローブの繊維で編み込んだという

ベッドの脇の敷物に寝ころんで

かったるそうに回っている

天井のファンを眺めている

昨日チェックインしたとき

フロントの金髪の女性から

電話は使えませんと聞いていた

なんでも頼りの海底ケーブルが

切れたという

「深海の鮫が餌と間違えて囓ったのか!」

この先一週間はどの国との連絡も

やりとりもできない

「こちらには好都合だよ」

ホテルの裏に転がっていたHONDAのトレールバイクを借り

僕は、首都コロールへと向かう

とってつけたような「スピード出すな」の標識を無視して

砂利の山道をかっ飛ばす

バベルダオブ島と首都コロールを結ぶ橋を渡ると

少しづつ掘っ立て小屋のような人家がみえる

舗装路に入るとHONDAを一気に加速させ

島で唯一のスーパーにたどり着く

強い日差しはもうだいぶ傾いていた

インスタントラーメンの他

缶詰や簡単な日本食をカゴに放り込み

ジンを2本とコロナビールをケースごとレジへ運ぶ

景気の良さような日本人と見て

レジの女の子が意味深な笑顔で28ドルと

言い放った

「ありがとう」

カートを押してドアを開ける

日差しは弱まってはいるが

ここは南洋だ

HONDAの荷台に慎重に荷物を括り付ける

脇の木陰で犬が腹を上に向けて寝ている

その向こうにも若い男が寝そべっている

南の島では寝そべることは

とても大事な行為だということが

最近になって分かってきた

必死で働いて生き甲斐を得るという価値観は

ここではあり得ない考え方なのだ

みんな自然の摂理に従っている

吹き出す汗を拭くまでもない

キック一発でHONDAは始動し

島の一本道を疾走すると

風が汗を乾燥させ

遠いリーフの白い波しぶきが見えれば

もうここの住人と同じように

振る舞えるような気がした

コロール島とバベルダオブ島は近代的な橋で結ばれ

ここを通り過ぎる頃は家々の明かりがつき始める

バベルダオブのジャングルの中の砂利道に再び入る

辺りはほぼ暗闇だ

唯一偶に設置された電灯と空の月明かりを頼りに

慎重に砂利道を飛ばす

が、南洋神社を過ぎた頃から

アクセルのスロットルとエンジンの回転音に

嫌な感じの誤差が生じ始め

もう少しで下りというところで

エンジンは止まり

いくらキックしたところで

エンジンは回らない

汗が再び噴き出す

今度の汗は冷や汗かもしれないな

と自分に聞いてみたものの

ここではそんな思考はエネルギーの無駄だ

いい加減に疲れ果て

道ばたに座り込んでたばこを咥える

気がつくと回りはしんと静まりかえっている

荷台から水のペットボトルを取り出し

一気に飲み干す

煙をずっと眺めていよう

日本との時差は一時間だが

ここは南半球だ

日付変更線を越え

南回帰線の近くの小さな島で

空を眺めるのも悪くはない

そう思うことにした

見上げた空は

ちょっと言葉では言い尽くせない

迫力があった

「輝く星座」という歌があるが

僕はあのメロディーとリズムを聴くと

カラダの隅々が空の彼方に

吸い込まれるよな感覚に陥る

その夢のような心地が

いまはリアルに感じられる

僕はそのとき生まれて初めて

煌めく南十字星を見た

(つづく)