羊の群れを追いかけていくと
メェェェェッーと僕を歓迎してくれた
一匹の羊が何の用だい
と言うので
実は、と僕が話すと
そう君もなのと
羊たちが僕を取り巻き
あのやさしく眠くなるような毛を
擦り寄せてきて
つぶらな瞳で
大丈夫さ
大丈夫だよと…
そして羊たちは
相変わらず呑気に草を食んでいる
夕べも寝てしまった僕は
そんな訳で
忙しすぎる彼女に
今夜も
羊を届けることができないでいる
そうだね
出会った頃を想い出して
ごらん
その風景に
つまんない隙間なんてあったかい
どんな季節も
僕たちは
精一杯だっただろう
いまは手探りで
その不確かな部屋の
ひとつひとつを確かめ
消えそうなものから
ありがとうと言って
そして
別離を告げよう
人の記憶の中は
いつも永遠で
そこには暮らしやすい国があり
毎日毎日
なんの苦もなく
みんなで
食卓を囲んでいる
それは
まるで楽園のように
昨日も明日もなく
まして
ことばなんていらなくて
だけど
時間は残酷だよ
記憶は曖昧で
楽園も消えて
残ったものは
目の前のテーブルの上の
チーズと飲みかけのコーヒー
でも
目の前に君がいて
君の真向かいに
僕がいて
そんな風景でいいかい
さあ
今日から
心の丈に
泣いてみよう
笑ってみようよ
残された時間は短いのよと
女神がささやく
そして
愛しなさい
強く愛しなさいと
女神がささやく
ダリア カンナ グラジオラスが
重なるように
鮮やかに濃く
学校の花壇で揺れていた
陽射し かげろう
校舎と電信柱の
深い陰
絵日記はいつも群青で
空の絵と
水まきの虹
最高気温30度
プールの喧噪と
浮き袋のビニールの匂い
まぶたを閉じて広がる
オレンジ色とジリジリと鳴る
真夏のお陽さまの
おしゃべり
ヨーヨーキャンディー
ひやっとして
子安 大口 工場の鉄を叩く音の帰り道
玄関を開けると
金魚と水草
ガラスの紫のふちどり
昼寝したいな
けだるさと畳の匂い
午後3時
ブリキのたらいに
水鉄砲を浮かべて
スイカも浸けて…
赤いかき氷
黄色いかき氷
そして
メロン味のかき氷
もくもく入道雲が
山の上にのっかって
長い石段の上の
森に佇む
神社の夏祭り
ミンミン蝉 クワガタ
不思議な玉虫 竹の虫かご
そしておはじきとビー玉の色
夏の色
それは
遠い昭和の記憶
私のいろ
男は答えた
俺はいま敵と戦っているんだ
それが一体誰なのかだ
正体を暴きたいてぇんだよ
錆付いた鎌で夏草を刈りながら
男は
金にもならない汗をぽたぽたと垂らしながら
チクショーチクショーと繰り返した
遠くに穏やかな海が見える
綿のような雲がぽかりと
二つ三つ通りすぎてゆく
その建物は遠目からみても異様に大きく
村や町を支配している君主のように
冷たい影を延ばしていた
息子なんだよ
男が胸のポケットから一枚の写真をとりだす
まだ小学生だろうか
半ズボン姿で陽に焼けた顔に満面の笑みで
こちらにVサインを繰り出している
こんなことになっちまって
息子にはすまねぇと思っている
男は手を休めず
吹き出す汗を拭いもしないで
刈った草を次々に放り投げてゆく
あのよ
この刈った草を畑に敷くだろ
枯れた草は土と相性がいいから
土はよろこぶし
雨が降って雪も降ってよ
みんな栄養になるのよ
本当はそういう国なんだよ
この国は
彼はようやく手を休めて
腰を伸ばすと
手ぬぐいで汗と涙を拭い
そのコンクリートの要塞のほうを向いて言うには
いままではやさしかったんだよ
彼奴らもね
だからわからねぇんだよ
人間って奴がよ
そして
草むらで捕まえたバッタを摘むと
高くかざし
こいつだってわからねえ
この先
どんな命なのかわからねぇよ
男の話を聞きながら
その敵というのは
こちらが想像していたものよりさらに大きく複雑で
それは誰かではなく
果たして形すらあるものなのかと
新たな不安がうまれ
私も
その男の持っていたもうひとつ鎌を借り
まずこの夏草を刈らねばなにも分からない
そううなだれるれるしかない程
身を恥じるしかなかったのだが
河原の石を積み上げて
それが
人の背ほどになったら
石は石でなくなり
それは霊的な存在となる
湖面の静かな日にカヌーに乗り
パドリングを止め
遠くをみていると
水底より魑魅魍魎が
寄ってくることがある
焚き火の炎に
知らぬ顔が映ることがある
よく見ると
それは錯覚ではなく
彼らもまた
媒体というものを
欲っしている
自由であることは
とてつもない勝利に聞こえるが
ときに自由は
過酷な試練を用意する
飼われるのが羨ましくなるのは
そんなときだ
雨が降り
日に照らされ
風に吹かれて
今日も生きる
僕たちは
紛れもない虫けらだ
地震があって
津波がきた
台風が過ぎて
竜巻が起こって
辛くて悲しくて
とんでもないことばかり
怒っているのは
地球の方なのか
生き物はみな
不思議な営みをしていて
その一部である僕も
自身のこともよく分からない
他を想像しても
やはりそれは
分からないことなのだ
恐竜と同じ僕たちは
地球の総てを支配して
そして滅びる
いつかどこかの星で
僕たちのことが
教科書に載る
即仏即神というものがあると聞くが
そんなものはない
あるのは僕たちの願いと
目の前に広がる
荒涼たる荒野だけだ
泡沫のようにはかない
僕たちの人生だけれど
瞬きほどの輝きを求めて
今日も生きる
そう
蛍のようにね
目が覚めると
総ては夢だった
僕はコーヒーで覚醒し
電車に乗り
また新たな悪夢に
突入する
蛾の雄も雌も
明かりをめざす
その異常なまでの執着は
都会に生きる
男と女に似ている
僕たちは勉強すべし
でないと
見るもの聞くもの総てに
惑わされるので
いつ死んだのか
誰も教えてはくれない
美しい人は
ただそれだけで価値があるが
その妖怪のような気性は
きっと神さまの罰に
違いない
そこには、古いソファがあった。
木の足と手掛けが細工され、布は古びてはいるが、
ビロード地に薔薇の花が描かれていた。
きっと親戚の家なのだろうと、僕は思う。
広い居間には誰もいない。
僕は廊下のほうからこの居間を見ている。
陽射しが居間の椅子まで伸びて、
静かな時間が流れている。
遠くから、波の打ち寄せる音がかすかに聞こえる。
ちょっと湿った家だということに気づく。
ああそうだ、
僕は、人がやっとすれ違がうことができる細い坂の階段を昇って、
この家に辿り着いたのだ。
僕が立っている廊下には、
洋風の箪笥のようなものが置かれていて、
その上に、ガラスのドームで覆われた金色の時計が、
振り子を回している。
中に、金の歯車が幾つも動いていて、
そこから伸びた4つの金色の美しい金具が、
一定の間隔でぐるりと回る。
陽は少し赤みを帯びている。
夕方だなと思った。
なぜ、この家には誰もいないのだろう。
それでもなんの不安も感じない僕は、
ゆったりとした空間のなかで、
夏の終わりのような季節に、
この洋館の午後を楽しんでいた。
居間の真ん中には、
古びた大きなステレオが置いてあり、
結局僕は、後にこの居間で、一枚のレコードを聴いている。
それは、僕がこの居間でどうしても聴きたかった一枚で、
そのためだけに、
遠い自宅から、電車を乗り継いでわざわざ訪れたのだ。
レコードを回すのは、午後にしようと思っていた。
陽の美しい日を選ぼうと決めていた。
金色の時計は、そのときまで廊下の箪笥の上にあればいいと思った。
居間に座り、
おとなになった僕は、柔らかい夕陽を浴びて、
金色の時計を手にしながら、幼い日を懐かしんだが、
一枚のレコードに、僕の涙はとめどなく流れて、
この家の住人は、
やはり
その日も帰ってこなかったのだ。
がら空きの思想があった
私がその部屋を覗くと
一人の女性が顔を出し
ようこそと招き入れる
あられから月日は過ぎ
私はその思想について考察し
多角的に検証し
ときに深く考え
多少の疑念を抱いたが
がら空きの思想は
その女性により
遂に完成をみたのだ
私はいま
その女性を崇め
きっといつか
なにかしらの遺志を継いで
生きてゆくことだろう
元来その女には
学もなく
夢もなく
人を罵り蔑むことも多く
世の中の総ての事象に
つまらない反応を示し
ただ丈夫な体躯だけで
働くことだけを示し
変えられない過去に嫌悪し
魑魅魍魎に
取り憑かれているのを知るにつけ
私は或る日
このがら空きの思想を
二階のベランダで天日干しにして
パンパン叩き
部屋へ取り込んで
ひとつひとつを点検した
絡み付いた汚い糸を解き
へばり付いた汚れを剥がし
ヘラでほじくり
綺麗な真水で洗い流した
そうして
やがて顔を出したのは
ことばにできない
光輝く
玉のように深い色を湛える
それは紛れもない
愛だったのだ
「チャイナタウン」を聴きながら
そのひとは
手と足が細く長かった
確か
薄い紫色のワンピースを着ていた
元町から朱雀門へ続く通りを
あなたは歩いていて
僕は友達との話を遮り
あなたにみとれた
そしてその日はなぜだか
とてもリラックスして
なんの邪気もなく
自然にとても普通に
あなたに話しかけ
これは逃せない出会いと直感し
僕は丁寧に自己紹介し
それが嘘くさく
あなたもそれを見抜いていて
ふふっと笑って
だけどなんとか僕たちは友達になれて
何度か会うようになった
あたなはたまたま遠くから
このヨコハマに来ていて
ヨコハマが好きだと言ってたっけ
あの店で僕たちが待ち合わせしたのは
確か3度だったように思う
あなたは僕より年下なのに
すでに手に職をもっていて
よく人となりをみていて
社会を語り
仕事の喜びを
僕に話してくれた
僕はあれからいろいろあったけど
あなたは逃れられない病を背負っていて
ふたりはお互いを忘れ
全く違う場所で
全く出会わない世界で生きていて
あれから浦島太郎のような時が流れて
僕は最近になって
よくあなたのことを想い出す
夏になると
あなたがいまでも
あのワンピースを着ているような…
あの夏のヨコハマ
雑踏に揺れる街
もう会えないけれど
ただ
元気でいてくれたら
そして幸せだったら
と思うのですが…
「WORLD ORDERを聴きながら」
ウチの親父は元サラリーマンで
朝は毎日6時にピタリと起きて
同じ味噌汁の具に飯を一膳半喰うと
7時20分のバスに乗って会社へ出掛け
たまの休みの日には釣りへ行き
そうだったね、
黒縁のメガネが似合っていたねって
最近お袋に話たら
あれはね、他の女のお気に入りだったのよって
ふ~ん、なんだい? それって
その頃の日本は景気が良くて
親父は会社の金を握っている立場だったので
寿司屋の折り詰めをよく持って帰って
「貰ったゾ、また貰っちゃった」ってね
でね、
僕の叔父はね
元商社マンでとてもカッコ良かったんだけど
いつも世界の何処にいるのか分からない
いまロンドンだよとか
ニューヨークにいてねとか
電話をかけてきて
帰国すると必ずウチに寄って
いろいろなおみやげをくれたけれど
あるとき叔父がお袋の前でボロボロ泣いてて
それで突然会社を辞めて
叔父は奥さんと別れて
世界放浪の旅とやらへ行っちゃってね
いまは生きているんだか死んじゃったんだか
全くの行方知れずで…
それで僕は思うんだけれど
なにが嘘か真実なのか
いまも分からないけれど
とりあえずは働いて
金を貯めたら
この日本を出ようと…
それが良いのか悪いのかはどうでもよくて
全く違う価値観の人たちと
まだ日本人が知らない場所で
ただゆっくりとした静かな時間のなかで
自分の仕事をつくって
自分をみつめようと
それはね
本当の自分の姿がみえる
そんなところで
真実の声が届くような時間のなかで
じっくりと暮らしたいなと…